6-18.オークが村を襲う
前方に、黒い煙が立ち込めている。
「ミレーネ、あれはなんだ」
僕より先に動いたキアが尋ねた。振り返ったミレーネの顔は強張っていて。
「村からの救援要請だ」
「つまり?」
「なにかあったってことだ。急ごう」
緊急で対処が必要な事態に陥った時に、町にすぐに知らせるために煙を焚く。町が確認するとすぐに軍が送られてくるという仕組みだ。
何が起こったかなんて、可能性は限られる。疫病で村人全員が村から出られない状態になったか、魔物か大量の動物に攻め込まれて危機的状況に陥ったかだ。
村の戦力で対処できるレベルなら助けを求めたりしない。村で誰かに殺された死体が見つかったとかの事件でもしないそうだ。本当に緊急を要する際の合図。
だから、煙を見たらすぐに助けに向かわなければいけない。先んじて駆け出したミレーネに続き、全員が走る。当然、もふもふに乗っているアンリが一番先行するわけで。
「ヨナ乗って! 先にいくわよ!」
「うん!」
アンリが伸ばした手を握って、もふもふの体を登る。馬に乗れば村までは短時間で着いた。
悲鳴が聞こえる。村から逃げ出したらしい女がこちらに走ってくるのが見えたから、声をかけた。
「なにがあったの!?」
「オーク! オークよ! それが大量に! みんなやられたわ!」
「オークか……」
「ヨナ、どんな魔物なの?」
「人の形をしてて、体格が良くて、緑っぽい肌をしている。顔がいかつくて、鼻が大きくて豚っぽい……」
問われて、本で読んだ知識を思い出しながら答えた。
「ゴブリンの大きくなったみたいなの?」
「だいたいそんな感じ。体つきががっしりしてるから、腕力も強くなってる。木造の家なんか簡単に破壊できる」
「大変! 急がなきゃ!」
逃げている女は放って、村の方まで急ぐ。逃げ惑う人々とすれ違う数はどんどん増えていった。
村はすでに壊滅に近かった。
主に木造の家々は大半が破壊されてしまって、その破片をオークが掴んで振り回すから被害はさらに増えていく。
この村にも見張りの櫓は建てられていたけれど、それが根本から折れて倒れていた。これもオークの仕業なのか。
オークの数は十数体。村人はこれより多いのだろうけど、一体のオークに人間数人で挑んでも勝てる相手ではない。
逃げられなかったり、勇敢にも戦って返り討ちにあったらしい遺体があちこちに転がっていた。
頭をかち割られた死体が壊れた家に倒れかかっていた。無理やり胴から引きちぎられたと思しき首が転がっていて、苦悶の表情を見せつけていた。
どす黒い血を地面が吸って出来た模様があちこちにあった。
抵抗する気力もすでに失われて、生き残った人々は逃げ惑うばかり。女が何人か、オークに持ち上げられて森の中へ連れて行かれるのが見えた。
「やめなさい!」
馬上のアンリが、女を抱えたオークに矢を射る。毛のない後頭部に当たった矢は、皮膚を少し傷つけただけで刺さることなく落ちた。
「頭蓋骨が固くて、アンリの力じゃ矢が刺さらないんだ。足を狙って動きを止めて。もふもふを動き回らせて、捕まらないようにして!」
「ええ! わたし英雄なのに! まだ力が弱いの!?」
「子供だから仕方ないよ!」
「これからもっと英雄になるってわけね!」
不満はあるだろうけど、アンリは指示通りもふもふを動かしてオークの中に突っ込んでいく。もふもふの素早く力強い走りをオークたちは捕捉できていない。力は強くても動きはそこまでではないってことか。
アンリが矢を一本持って、鏃と羽を折って単なる棒にして地面に投げた。降りた僕がそれを拾って聖剣にして、もふもふを捕まえようと手を伸ばしたオークに向けて振れば、奴の指が切断されてバラバラと地面に落ちた。
悲鳴が聞こえた。壊れた家の中に隠れていたらしい女が、小さな子供を抱えている。
「アンリここは任せたよ!」
「ええ!」
女を抱えていたオークの膝に矢を当ててバランスを崩させた上で、もふもふに蹴らせて倒したアンリ。それを見送りながら、悲鳴を上げている女の方に駆ける。
オークの身長は、成人男性よりもずっと高い。子供の僕からすればかなりの大きさだ。けれど恐れることはない。
女を殺すか連れ去るかするのに夢中になっているオークの背後から迫り、背中を斬る。なんの抵抗もなく斬り抜けた棒は、オークの背骨といくつかの内臓を両断して一瞬にして命を奪った。
切り口から大量のどす黒い血が流れ出て僕の足元を濡らす。死体が大きな音を立てて倒れた。
「大丈夫ですか? 僕はミレーネさんの指示で動いていて、彼女もすぐに駆けつけます」
「ミレーネさんが!? ああ……助かった……」
この村でも名前が広がっているのか。女は子供を抱きしめながら、心底安心した様子を見せた。
けれどオークはまだまだ大勢いる。油断はできない。実際、一体のオークがやってきた。手には建物の残骸らしい、細い角材が握られている。木の棒同士の戦いだな。
それを力任せに振り下ろしたオーク。狙いがブレブレのそれをあっさり避けると、角材は地面に激突して折れて、先端がどこかに飛んでいった。僕はオークの懐に潜り込んで腹を切り裂く。臓物がこぼれ出て、かからないように後ろに下がった。
倒れたオークの向こうに、ミレーネたちの到着が見えた。
「これはひどい……みんな! 各々分散して一体ずつ倒してくれ! 君は治癒の異能が使えるのだろう? 仲間に守ってもらいながら、怪我人を見つけて治してやれ」
「え。あ。レダウス様」
「従おう、カレン。俺たちにできることをしないと」
「はい!」
自分の動きを勝手に決められることにカレンは不満なようだけれど、レダウスはわきまえていた。あくまでレダウスに従うならばとからカレンは頷く。




