6-15.心が醜いのは
天井を見つめながら、またしばらく沈黙が流れた。レダウスのことが頭から離れず、眠れそうにもなかった。
「ヨナ様は」
そんな僕を、ティナはいつも助けてくれる。
「レダウスのことをどう思いましたか? あの人は本気でヨナ様に謝っているように見えましたか?」
「見えた。レダウスは本気で反省していた。もう、僕に敵意を向けることはない」
「はい。わたしも同じ受け取り方をしました。あの人は真人間です。優しくて、そして善良な人に囲まれている。過去はどうあれ、今は真っ直ぐな心を持っています」
「それが問題なんだ。過去は簡単には離れてくれない。僕はきょうだいから散々に虐められた。それを忘れることはできない」
「はい」
「兄も姉も、父も王妃も、醜い心の持ち主だ。僕にとっては、そうじゃなきゃいけないんだ。だから殺せるのに」
僕を殺そうとした奴らを殺す。過去の報いを受けさせる。そう考えながら旅をしていた。なのに、勝手にまともになるなんて。
怒りをどこにぶつければいい?
いや、わかっている。簡単なことだ。僕が気持ちを抑えて、レダウスの謝罪を受け入れればいい。彼は許してあげるべきだ。彼はきっと、王に相応しい器を持っている。民に目を向けられる。
僕はそんなレダウスの変化を許せない。つまり。
「心が醜いのは、僕の方なんだ……」
結局僕も、あの父の血を引いた男。卑怯で意地汚くて残酷で。醜い心の持ち主。それが受け入れられない。受け入れられなくても、事実は変わらないのに。
「家族を恨むのは大変ですね」
ティナが体を転がして、僕の体に腕を回して抱きしめた。顔に、胸元の柔らかい感触が伝わる。
「本当にお辛いでしょう。あなたの気持ちを完全に推し量ることは、誰にもできません。わたしはこんなに近くにいるのに、お心を軽くすることはできない」
「ティナのせいじゃないよ。全部、僕が原因だから」
「ご自身を責めないでください。ヨナ様、あなたの苦しみに答えは見つかりません。きっと、ずっと悩むことでしょう。けれど、いずれ折り合いをつけることが出来るはずです。悩んでください。平気になる時まで、わたしはずっと側でお仕えしますから」
「うん……うん! ありがとう。ティナ」
彼女の細い腕も薄い体も暖かかった。
僕は幸せ者だ。
翌朝。宿屋の食堂でレダウスの一行と鉢合わせした。
ラルフはこちらに好意的だけど、クリストンとカレンは相変わらず警戒していた。当のレダウスは、僕とどう接するべきか困っている。
僕の方から一歩、歩み寄った。
「レダウス。あなたがまともな人間になったこと、僕は信じる。昨日は刺してごめん。この町にいる間は、レダウスに刃は向けない」
「ありがとう。昨日のことはいいんだ。こちらこそ、これまでのことを改めて謝る。ごめん」
そしてレダウスは僕に手を差し出した。正直、抵抗が無いとは言い切れない。けど折り合いはつけないと。
その手をしっかり握り返した。
「なあゾーラ。あいつら誰だ? いきなり出てきて、なんでヨナと握手してんだ? なんとなく見覚えと声の聞き覚えがあるんだけど」
「ヨナのお兄さんよ。第五王子」
「王子!?」
「キア! うるさいわよ! ヨナと同じでお忍びなんだから静かにしなさい! 酔っ払って、何も覚えてないのね。後で教えてあげるから」
「おう。頼む」
「あと、今夜はお酒禁止よ」
「やだ! 飲む!」
「駄目!」
なんか背後が騒がしいなあ。
朝食をとっていると、槍を担いだミレーネがやってきた。
「どうやら、昨日よりは打ち解けたようだな。何より何より。とりあえず、今日はお前たちに魔物退治に参加してもらおうかと思っている」
なんでミレーネが仕切るのかの疑問はあるけど、僕たちは滞在費用をそれで稼ぐつもりだったから異論はない。町で慕われている冒険者が同行するのも好都合だ。
一方、レダウスの取り巻きたちは戸惑っていた。
「レダウス、本当にやるのか!?」
「危険です! わたしは承知できません!」
「俺たちがやる仕事じゃない。庶民に混ざって魔物と戦うなんて」
「クリス。庶民を見下げる発言はここでは控えろ」
レダウス本人は乗り気らしい。取り巻きを宥めるように言い切る。
「旅に出る前に話したはずだ。危険があるかもしれない。だからお前たちに同行を頼んだ」
「でも、自分から危険に飛び込むのは話が違う」
「違わない。魔物と最前線で戦う兵士や冒険者の姿を見るために、この地を選んだ。これこそが目的なんだ。本当に戦って彼らの苦労を知るのは、何よりの学びになる。それに、みんなのことを信頼している。何があっても守ってくれると」
「レダウス……」
信頼。そう言われると弱いのだろう。三人とも困った顔をした。
もうひと押しと考えたのか、レダウスは続けた。
「それにヨナウスたちもいる。彼らは強い。これまで何度も危険を乗り越えてきたらしい」
三人は気まずそうな表情になった。クリストンに至っては苦虫を噛み潰したような顔だ。
「レダウス。お前の考えは尊重したいし、彼らと諍いを起こすべきじゃないのは同意だ。けれど奴らは王子をふたり殺している。その強さでな」
「あ……」
レダウスも気まずい顔になった。けれど覚悟が決まっているのは確かで、すぐに表情を戻す。
「とにかく方針は変わらない。これも国のためだ。手伝ってくれ」
結局、三人はそう言われると折れるしかなかった。




