6-13.かつてのレダウス
あっという間に町中に広まった聖剣使いヨナの話は、レダウスたちも聞いていたことだろう。聞き覚えのある名前に、先祖であるジェイザックゆかりの聖剣。死んだはずの僕のことを思い浮かべたところで、顔は隠しても背格好や雰囲気が似ている僕を見て確信を持って声をかけたというわけだ。
とにかく、父の言いつけに背いたレダウスの立場も危うい。休暇が終わるまでに学園に戻れば終わるはずだった旅行なのに、知らない方がいい事実を知ってしまった。
「レダウスも大変ですね。僕を見つけたことを永遠に隠さないといけない。本当のことを父に言えば、言いつけを守らなかったと叱られる。言わないのもまずい。何かの拍子に僕と会っていたことがわかると、僕を探している父はなぜ伝えなかったのかと激怒することでしょう。息子をふたりも殺した敵なのだから。どうしますか? こういう時、自分に都合のいい風に事実を捻じ曲げて告げ口するのは昔から得意だった」
「あんた! さっきから! レダウス様のことを怒らせたいの!?」
我慢の限界だったのだろう。カレンが身を乗り出して怒鳴りつけてきた。こちらに殴りかからん勢いだ。
僕もティナも反射的に腰の剣に手を伸ばしたけれど、レダウスがカレンの肩を掴んで止めた。
「よせ。ヨナウスの言うことは全部正しい」
「ですが!」
「恨まれ、こう言われるだけのことを、俺はヨナウスにした。当然だ。俺は未熟だった。ヨナウスが小さい頃から、何をしていたか。どんな失敗をしたか。それが幼いが故の無知や非力から来るものでも、家族みんなで笑いものにするために教えた。それがどんなに下劣なことかも知らないで」
「嘘です! レダウス様はそんなことをする人では!」
「学園に入ってしばらくしてから、間違いに気づいたんだ。告げ口を特技にする人間は誰からも信用されないと」
「……それはわかる」
話についていけてるか怪しいミレーネだけど、それだけは理解できたらしい。
「告げ口を受けた側の人間は、した者を信用しない。自分の失態や欠点を、また別の誰かに告げ口すると容易に想像ができるからな。だからそんな人間は遠ざける」
「はい。その通りです。国を動かず王族や貴族の世界では、もっと深刻だ。重大な裏切り行為だから。下手すれば死に繋がりかねない」
それは極端な例だろうけれど、でもありえる。それくらい、扱いづらい存在になってしまう。生かしておくと、いつ秘密が漏れるかわからない。不安の種は消してしまおうと考える人間が、あちこちに出てくる。
「俺は幼くて、王族だったから許されていただけ。早めに気づけて幸運だった。俺は学園に入ってから、それはしなくなった。ヨナウスにどれだけ酷いことをしていたのかの自覚もできた。自分を恥じたんだ。謝ろうとしたけれど、ヨナウスは俺が近づくことを許さなかった」
「城下の町に出ていたから。家族と距離を取るため。レダウスはそもそも、学園に住んでいて僕と接触する機会は激減していた」
「それもある。なにより……他の家族の手前、ヨナと関わりを持てば咎められるから」
「納得の理由だね」
「ああ。こうして王都から離れたところで会えたのは、幸運だったのかもしれない。ヨナウス」
レダウスは座ったまま後ろに下がり、両手を床につけて深々と頭を下げた。
「すまない。心から謝罪する。本当に申し訳ございません。許してもらえるかわからないけれど、俺は心を入れ替えた。もうヨナウスを笑ったりしない」
一国の王子が頭を下げている。
彼のために怒りを顕にしていたカレンは、慌ててレダウスに頭を上げるよう言っていた。ティナは驚いた後、ハラハラした様子で僕を見る。
僕は、どんな顔をしているのだろう。あのレダウスか謝った? 人の心を慮れる真人間になった?
ありえない。そんなこと、あるはずがない。僕の家族はみんな、みんな。
ニヤケ面で嬉々として僕のこと家族に話す、幼い頃のレダウスの姿が頭をよぎった。
ヨナウスが廊下を走って転びました。そそっかしいやつだ。
食べ物で服を汚しているのを見ました。食事もまともに出来ないなんて。
使用人の名前を間違えて呼んでいました。頭がおかしいんですよ。
そんな小さな失敗を、全部、全部。面白おかしく大げさに言い回ったレダウスが。
母を大好きだって言ってましたよ。馬鹿にされて、顔を真っ赤にして怒ってた。あんな女、放っておけばいいのに。
そうだ。奴は。
「ふざけるなっ!」
気づけば立ち上がって剣を抜いていた。その音は全てレダウスも聞いていただろうが、彼は伏したまま動こうとしない。
「ヨナ様! 駄目!」
制止の声が聞こえて、一瞬動きが止まった。そこをすかさず立ち上がったミレーネが、壁に立てかけていた槍を持って振る。
柄で僕の手を叩けば、ローテーブルに剣が落ちてガシャンと音がする。
「そこまで。事情は理解しました。正直、ちょっと信じられないけれど。王族が、兄弟で殺し合う話なんてね。けれど、わたしの家で殺しは禁止。いいね?」
「……わかりました。ごめん」
剣を拾って鞘に収める。ティナに肩をそっと掴まれて床に座り直せば、レダウスはようやく顔を上げた。隣のカレンは、いつでも僕を止められるように警戒している。
「俺を殺したくなる気持ちはわかる。当然だ。けれど、やめてくれ。俺には、この国のために働くという使命がある」
「それは、父や兄と一緒に?」
「……ああ。そのつもりだ。いや待ってほしい。実の所、今の話を聞けば迷っている。ヨナウスにそんな仕打ちをした父上に不信感がある。死んだ兄たちにも。恥じている自分の過去と、それに同調していた兄や姉にも、正直いい思いはない」
「じゃあ、どうする? 僕と一緒に殺しに行く? レダウスなら僕よりも簡単に、父上に近づける。殺すのも簡単でしょう?」
「できるわけがないだろう! そんなこと! ……いや、すまない。ヨナウスの望みなのは理解しているけれど。それに、彼らに国の未来を託したくはない。どうすればいいのか、俺もわからない。けれど血が流れるのは避けたい。父上たちを殺すのは、俺には無理だ」
そんなことはわかっている。レダウスを軟弱だと言うつもりはない。これが普通の感覚だ。
じゃあどうすればいい? 答えなんて出ないだろう。お互いに状況も考え方も違いすぎる。




