6-11.馬の体温
僕は仮面を外している。レダウスが話しかけたのは第六王子ヨナウスで間違いないと認める形だ。
「ヨナ様」
隣に来たティナが静かに話しかけた。
「あの人が、お兄さんのレダウスで間違いないのですね?」
「うん。向こうも僕のこと知ってるし」
「そのようですね。では、失礼します」
「え?」
ごつん。
ティナが拳を作って僕の頭を叩いた。
相当手加減してくれて、痛くは無かったけれど。
「なにするのさ」
「こっちのセリフですよ。町中でいきなり刺すなんて。お気持ちはわかりますが、やり方がまずいです」
「やれると思ったら、つい体が動いて」
「良くない癖です。ミレーネさんが場を納めてくれましたけど、そうでなければ大変なことになっていました。もうしないでください。めっ! ですよ」
「うん。ごめんなさい」
「わかればよろしい。向こうはヨナ様と話したがっているではないですか。平和に話し合いで解決できませんか?」
「できないと思うけどなあ」
僕の知っているレダウスは、そんな人ではない。
兄たちの威を借りて、弱い立場の僕を虐める卑怯者だ。
「……とりあえず話しましょう。向こうはもう子供ではないのですから」
「うん」
ティナの言うことは正しい。実際、レダウスの雰囲気はかつてと大きく変わっていた。
話している途中、ふとレダウスの方を見た。レダウスではなく、帯同している女が、なぜかこちらに羨ましげな目を向けていた。
ミレーネの家は、どこの町にもあるような単身者向けのアパートの一室だった。
さすがに全員で入るには狭すぎる。家主であるミレーネと、僕とティナ。向こうはレダウスと女が入ることに。あとキアも部屋のベッドに寝転がせた。
ローテーブルを挟んで、僕とティナ、レダウスと女で床に座って向かい合う。女はカレンという名前らしい。
残りは外で待ってもらうことに。
「それで、いまだに話がよくわからないのだけれど、ヨナと君は知り合いのというわけでいいのか? それも憎み合う相手というか」
「ミレーネさん。この際だから全部話します。他言無用でお願いします。彼はレダウス。僕の兄です。そして僕たちは王族です。僕は訳あって逃亡中の身です。王である父と兄が僕を殺そうとしたから。そして僕も、兄をふたり殺しました」
あ。ミレーネが絶句した。
レダウスもカレンも呆気に取られた顔をしている。本当に、何も知らないのだな。
――――
ミレーネのアパートは狭い。人が大勢入ることを想定した家じゃないから仕方ないとはいえ、その間外で待たされるのは辛い。
年末ということは、つまり冬だ。
「焚き火でもしない?」
一緒に外で待たされている男たちに、ゾーラは声をかける。片方はヨナが素性を見抜いていたな。クリストン、騎士の息子だ。もうひとりはクリストンから、ラルフと呼ばれていた。
ラルフはひ弱だな。最低限の武術は習っているようだし装備も上等。だけど実戦経験に乏しそうだ。
クリストンの方は騎士の息子だけあって強そうだ。着ている鎧も頑丈そう。若いが、一端の冒険者と名乗っても受け入れられそうな貫禄がある。
そんなふたりも寒そうにしているが、ゾーラの誘いには乗らなかった。
アパートの裏庭はそれなりに広いし、落ち葉もそれなりにある。温かくできるなら、一緒にやってもいい。
そう簡単な問題でもないか。ヨナはさっき、彼らの仲間を刺した。クリストンもラルフもきっと、レダウス王子の学校での友人なんだろう。仲間内ではレダウスが中心人物で、ふたりとも彼に忠誠を誓っている。
こっちは敵なわけだ。いつ戦闘になるかわからない。
レダウスの方は、ヨナを敵とは思いたくない様子だけど。さっき見た限り、レダウスに敵意はない。それがよくわからない。
ヨナの方は、チャンスがあれば殺しにかかる雰囲気なのにな。
「ゾーラ。寒いなら、もふもふを撫でていいわ。温かいの!」
「そうさせてもらうわ」
近くの露天から買ってきた果実をもふもふに与えていたアンリは、馬の上によじ登って背中にうつ伏せで抱きつくように寝そべっていた。もふもふも、そんな乗り方をしているアンリを気にする様子はない。
「馬って温かいのよ。毛並みがモフモフなのもあるけど、その奥がなんか熱いの。ゾーラも触ってみて。もふもふ、いいわよね?」
もふもふが人語を理解しているのか、ゾーラにはわからない。科学的に言えば、馬と会話ができる人間はいない。でもアンリともふもふは、言葉が通じているように見えた。
ゾーラも、もふもふの胴体にそっと触れる。温かい。
「ね?」
「ええ。そうね。手だけでも温まるとかなり違うわね」
「もふもふって体が熱いのよね。でもこれ、いいのかしら。風邪とかじゃなかったらいいんだけど」
「馬は体温が高い生き物なんだ」
不意に、レダウスの友人の片方が話しかけた。
ひ弱なラルフの方だ。
「人間よりちょっと高い程度なら問題ない。それが馬の普通だ」
「おい、ラルフ!」
「ごめんクリス。でも、こんな見事な馬を見ているだけなんか無理だ」
暫定的な敵と関わりを持つのを、騎士の息子は咎めたが、ラルフは止まらない。
「いきなり話しかけてごめん。僕はラルフ・パラケンド。家は代々、王家が所有する馬の選別と世話を仕事にしている」
「王家の馬? ということは、騎士が乗ってる馬のお世話?」
「いいや。騎兵の馬の管理は軍の仕事だ。僕の家の場合は、王族の馬車を引く馬や、王様が乗る馬のことだよ。いくつもの候補から美しい馬を選び抜いて、その美しさを保つ仕事だ」
王族が使う馬なら、それに相応しい見た目が必要。白馬の王子様なんて言葉があるけど、素敵な王子様は馬も格好いい必要がある。




