6-10.レダウス
今はそれどころではない。僕にもたれかかるキアをなんとか支えながら外に出る。
「うへへー。ヨナって小さいのに、力あるよなー」
「苦労してるからね。胸当たってるよ」
「いいだろー。うりゃうりゃー」
「だから」
胸を押し付けるどころか、今度は頬擦りまでしてきた。僕の頬は仮面に隠されているから、キアは冷たい感触しか得られないだろうけど。
酔いすぎでしょ、まったく。
夜風は涼しい。酒場の中は相変わらず騒がしいけど、町全体の雰囲気は落ち着いている。ティナたちも荷物を持って出てくるかなと振り返ろうとした、その時。
「ヨナウス、だよな?」
不意に声をかけられた。
仮面をかぶったまま声の方を見た。僕より少し歳上、十四歳の少年が驚いた顔をこちらに向けている。彼の後ろには、同い年くらいの男女が三人。
声をかけた彼には、しっかり見覚えがあった。忘れるはずがないだろう。
「人違いではないでしょうか」
仮面を被っているのをいいことに、無関係な人間だと言ってみる。これで引き下がるなら良い。けど食い下がるなら。
容赦はしないぞ。
「確かに顔は隠れている。でもヨナって少年が町に来ているのって噂になっていた。噂といえば、王都ではヨナウスが生きていたとみんな言っている。それに顔が隠れていても、すぐにわかるよ。歩き方とか、振る舞いから」
「父や兄に告げ口するために、いつも僕のこと見ていたから?」
「それはっ」
否定しようがないと自分で理解しているって顔だ。
だから続けて言った。
「違うよ。ヨナウスなんかじゃない。ただのヨナだ。けど気になるなら、君が自分で仮面を外して確かめればいい」
「……そうさせてもらう」
「レダウス様危険です!」
彼、レダウスがこちらに近づこうとするのを、彼の取り巻きのひとりである女が止めた。
「大丈夫だよカレン。彼は弟だ」
「でも! おかしいですよ! 死んだのですよね!?」
「だから真実を確かめないといけない」
迷いなく近づいてくるレダウス。僕はといえば、相変わらずキアの体を支えている。彼女の体が僕の手元を隠していて、僕は腰の方へ手を伸ばして武器であるナイフを抜いた。
「外すよ、ヨナウス」
「死ね」
無警戒に目の前まで来たレダウスの胸にナイフを突き刺す。手応えはしっかりあった。冬の空気で冷え切った手を、どろりと生温かい血が濡らす。
心臓を一突きにするつもりだったのに、キアを支えていたから手元が狂った。でも致命傷に違いない。
どさりと音がして、レダウスの体が倒れた。
「レダウス様!?」
「貴様っ!?」
「ヨナ様なにを!?」
レダウスの取り巻きと、店の入口あたりで様子を見ていたらしいティナたちが同時に動いた。
取り巻きの男のひとりが剣を抜いて襲いかかってくる。僕はキアの体を突き飛ばしてティナへと押し付けると自分も抜剣。敵のひと振りを容易くいなして懐に潜り込み、股間を膝で蹴り上げる。
「うぐっ!?」
「ラルフ! こいつ!」
苦悶の声と共にうずくまった男の向こうから、もうひとりいた男の取り巻きが剣を振った。その一撃をなんとか避けたと思ったら、奴はさらに前に出て当て身を食らわせてきた。
重い。さっきの男より大柄で鍛えている。後ろに数歩よろけながら剣を構え直して敵の顔を見る。見覚えがあった。
「クリストン・ライノルフ。騎士の名家の嫡男か。王子に剣を向けるの?」
追撃をかけようとした彼は、急に名前を言い当てられてぎょっとした顔になる。
その隙に、ティナとゾーラとアンリが僕の前に出て武器を構えた。キアは? あ、座って店の壁にもたれかかるように座らされてる。
「ヨナ様どういうことでしょう。いえ、とにかく今はお守りします!」
「どけ女! レダウス様に刃を向けた大罪人を許すわけにはいかない!」
「ゾーラ。あの男を足止めして。僕はレダウスにとどめを刺しに行く」
「みんな落ち着け! 武器を降ろせ! クリス! 手出しをするな! 命令だ!」
双方が仕掛ける寸前に、倒れているレダウスが声を上げた。そんな元気があるのかと見てみれば、女が彼に手を当てている。
手からは光が出ていて、レダウスの傷を癒やしているようだった。
治癒効果を持つ異能か。運が良かったな。
「あー。なんというか。とりあえずわたしの家に来るか? 落ち着いて話し合いたいだろう? ここだとすぐに兵士がくる。ご厄介になるのは避けたいんじゃないか?」
わけがわからないなりに、ミレーネは場を取りなそうとする。酒場の客たちが何事かと見つめているのを追い払ってから、そんな提案をした。
彼女に従うべきだ。ここでレダウスを殺したとしても、他に殺すべき相手はいる。兵士に捕縛されるわけにはいかない。みんなにも迷惑がかかる。
衝動的な殺人なんかするべきじゃないな。
「わかった。みんな、武器を下ろして」
「はい。あの、ヨナ様。あの人は」
「第五王子レダウス。僕の兄だ」
とりあえず場を落ち着かせて、みんなでゾロゾロと移動する。僕たち五人に一頭。ミレーネと、レダウス及びついてきている三人だ。
レダウスの従者たちは僕を睨んでいるし、主人を近づけまいとしている。当のレダウスは僕と話したそうな目を向けていた。
僕の方も同じで、なんとなく向こうを警戒しながら、僕を囲むように移動している。どちらかといえば、僕が不意にレダウスへ襲いかかるのを阻止するためらしい。
キアはもふもふの上で、アンリに雑に掴まれて落ちないようにされながら揺れている。ナイフはちゃんと返してあげたよ。取られたことに気づいてないばかりか、状況もよくわかってなさそうだけど。




