6-7.森からの魔物
きっと漆黒の森からは距離があるのだろう。魔物との戦いはヴォンネルの町に一任して、自分は関わらないようにしている。
関われば自分が戦場に出る可能性もあるとか、重大な損害が出た時に責任を負わされるとか、そういうのを恐れてのことだろう。
万が一にでもヴォンネルという防壁が破られた時は、自分の居場所に魔物が押し寄せることになる。偉い人はそれを見越して前線に気を配るものだけれど、下々の人々の戦いを見れない者っていうのはどこにでもいるものだな。
「領主の気持ちもわからなくはないがな。漆黒の森からの魔物の大規模侵攻が最後にあったのは、記録によれば二百年ほど前だ。国家の危機として各地から兵力を集めるようなことは、それ以降起こっていない」
今でも魔物は攻めてくる。けれど散発的だし、冒険者が数人のパーティーで対処する程度だ。大規模になっても町の兵力を動員すれば終わる。
漆黒の森以外で出現する魔物に関しても似たようなもの。
「その二百年で、領主の一族は腑抜けてしまったのね。魔物との戦いで名を残す戦士ではなくて、領地経営に勤しむ政治家になった」
平時にそれは悪いことじゃない。領地を豊かにするのも、貴族の立派な仕事だ。
けれど有事に切り替わる予兆を見逃してはいけない。
「すまない。愚痴っぽくなってしまったな。ほら見ろ。あれがヴォンネルの町だ」
ミレーネが指差した先に、背が高い柵が見えてきた。近づけば、柵というよりは煉瓦造りの壁と言うべきものだった。
これじゃあ、城壁みたいなものじゃないか。
「二百年前の教訓から、柵では民を守れないと当時の町長や権力者たちが考えて、こうなったそうだ。今でも定期的に補修をして、魔物を入れないようにしている」
さすがに城塞都市のと違い、上に兵士が立って弓を射掛けるほどの厚みはない。けれど補うように、見張りと高所からの攻撃用を兼ねた櫓が壁の内側にいくつも立っている。
門も頑丈な作りになっていて門番である兵士も重装備。常に襲来に備えている様子だ。
町の向こう側には木々が見えた。あれが漆黒の森か。背の高い木には葉が青々と生い茂っている。木の密度も高く、あの中に入れば昼でも暗いだろうと想像がついた。
「森の中に入れば、いつ魔物が攻めてくるかわからない。あの木は繁殖力が強く、しかも堅い。放っておけば森の範囲が広がっていく。かつてジェイザックの子孫の村があったとされるのも、あの森の中だ」
魔物に攻め入られて放棄した古い村か。数百年前は森ではなかったそこは、今は森の中に飲み込まれてしまった。
「堅い木なら建材としては使えそうね」
「その通りだ。けれど伐採にも時間がかかる。熟練の木こりにやらせたとして、その間に魔物が襲ってくる。確実にな」
敵にとっては、領地を奪われるようなものだから。
「定期的に伐採作業を行ってはいるんだ。森の縁にある、まだ成長していない若い木や、その下にある草を狩り尽くす。襲ってくる魔物たちを冒険者や兵士で押さえつけている間にな」
こうして町は森に飲み込まれることなく、魔物と人間の力関係は均衡状態に保たれている。
それが、急に魔物が外に出だした。何かあると町が不安に思うのも納得だ。均衡が崩れかねないのだから。
何もしない領主が無能呼ばわりされるのも理解できる。
門の前まで行けば、身分証の提示を指示された。
厳格な表情の門番だけど、それは魔物を警戒してのこと。ミレーネは彼らと顔見知りらしく、兵士の受け答えは丁寧なものだった。僕たちを、ゴブリンとの戦いに協力してくれた冒険者と紹介したところ、兵士は感謝の言葉を述べた。
冒険者の登録証を見せれば、あっさり中に入らせてくれた。
「魔物の数が増えていて、戦力になる人間は歓迎なんでしょうね」
ティナがそっと耳打ちする。なるほどね。
「ヴォンネルにようこそ。魔物との戦いばかりが話題の町だが、住みよい所だ。新年まではここにいるのだろう? 楽しんでくれ」
「はい。そうさせてもらいます」
「なかなかいい町だなー。飯もうまそうだ! よし! 酒飲むぞ!」
「まだ昼ですよキアさん。早いです」
「なんでだよ!?」
「昼から酔っ払うのはみっともないです」
「いいだろー。昼飲みいいじゃねえかー」
「後にしてください」
「ははっ。みんな、ギルドに案内しよう。この町でしばらく過ごすのも、お金が必要だろう? それにさっきの戦闘のこと、説明したらギルドが手当を出してくれるだろう」
「依頼無しにやった戦闘なのに、お金もらえるんですか?」
「非常時だからな」
ミレーネが笑みを見せる。
非常時か。年末のヴォンネルの町は、どこかピリピリしているように見えた。
今年の用事を終わらせて穏やかな新年を迎える。そんな、僕の好きな年末の雰囲気ではなかった。
日々の暮らしを送りつつ、何か悪いことが起きるのではと怯えている。そんな人々を見るのは、ちょっと辛かった。
「みんなを笑顔にするには、どうすればいいのかしら」
「魔物が出てこなくなるのを待つしかないわね。頻発する原因があるなら、それを取り除かないと」
「原因ってなんなのかしら。英雄としては、見過ごせないわ」
「この町だって対処に動いているはずよ。調査もしているでしょう。だからそれを待ちましょう」
「なにか出来ることがあればいいけれど」
人々が暗い顔をしているのはアンリも嫌なのだろう。けれど、一介の冒険者である僕たちに出来ることは少ない。
「ミレーネさんみたいに町の周りを警備して現れた魔物を退治していって、自然に収まるのを待つとか。もし原因があるなら兵士が突き止めるのを待って、排除を手伝うとかかな」
「えー。誰かが原因を探すまで待つなんて退屈! わたしたちで見つけたいわ! その方が英雄らしいじゃない!」
「格好いいのはわかるけど、町が主体でやることを邪魔しちゃいけないよ」
「むー。ヨナは真面目ねー」
「ははっ。小さな英雄が町のために頑張ろうとしてくれるのは嬉しいよ」
ミレーネはアンリに微笑んだ。
「町のためと言うなら、強い冒険者たちが町に来てくれるだけでも大助かりだ。君たちの存在だけで心強い」
「あたしたち、等級は低いけどね」
「それでも強い。わたしが保証する。それに伝説の聖剣の力を持っているのだろう? 他の冒険者や町の人たちを勇気づける象徴になれる」
沈んだ町の雰囲気を少しでも上向かせられるなら嬉しい。けれど嫌な予感もした。




