5-48.忘れない死
僕たちはゾンビ事件を解決した英雄として町に称えられた。本当に勘弁してくれと思うのだけど、事件の収束を宣言するために、再びもふもふに乗って町を練り歩く。あちこちから歓喜の声が上がって、それに手を振り返した。
今回の件で多くの死者が出た。町に与えた影響も大きい。けれど元気な市民の姿を見ていれば、きっと乗り越えられると確信できた。
それから、ソフィの葬儀が行われた。
サイラスとしては、最愛の娘を送るために町を挙げた盛大な葬儀にしたかったらしい。けれど他の死者が多すぎた。
権力者だけ派手な葬儀をしては、民に示しがつかない。だから身内だけのこじんまりとした物となった。
僕たちはそれに同席した。
彼女を守ってやれなかったことは、今でも後悔している。彼女の気持ちを、もっと真っ直ぐ受け止めることはできたはずだ。
「ねえ、ヨナくん」
葬儀の後、ゾーラが神妙な顔で声をかけた。
「ソフィちゃんのこと、どう思っている?」
「どうって……」
答えが見つからない。不憫だとは思う。亡くなったのは僕に一因があるとも考えている。けど、それがゾーラの望む答えなのかな。
「僕は……彼女の死が今も忘れられない。死んでいく彼女の姿が頭から離れないんだ」
「そうね。……忘れることはあると思う?」
「無い。絶対に」
「だったらいいのよ。ずっと覚えていなさい。あなたは今まで、いくつも死を見てきた。これからも見るでしょう。その中で、ソフィちゃんの死を埋もれさせてはいけない。他のどんな死を忘れてもね」
「わかった」
たぶんゾーラには、それが大切なことなんだろう。
アカナの家から、作りかけの地図を回収した。ジェイザックの聖剣探しの足取りを追ったものだ。
「彼が聖剣を手に入れた場所は不明。けれど候補地はいくつかあるわ。危険な場所が多いけれど、行きましょう」
地図を広げながらゾーラが説明する。
「危険ってどういう意味ですか?」
「今でも魔物が大量に発生する場所なのよ。ジェイザックの伝説が残っているということは、それだけ活躍する機会があったってこと。魔物と派手に戦うとかのね」
今も、その土地には魔物が出続けているというわけだ。
当時から今にかけて、人間は数を増やして技術を発展させて、武具や戦術の質を向上させることで魔物に対抗して、生息域を広げてきた。
ジェイザックの頃みたいに、魔物と人間の生息域が混在していて、人々が常に怯えていた時代は過去のもの。
けれど、まだまだ魔物は闇に潜んでいる。地図の上の方に描かれている森を、ゾーラは指さした。ライディアル国土の北部に広がっている広大な森林地帯の一角だ。
「漆黒の森。魔物が支配する場所で、奥深くまで立ち入った人間はいない。つまり、この森より北は、まだ地図すら存在していない。ここに隣接する土地にジェイザックはいた。そして聖剣を手に入れた可能性もある。ラーゲリックの泉なる場所が、この森の中の可能性もあるわ」
さらに森の外周部を西に少し回った所を指さした。
国境付近だった。
「帝国と、もうひとつの小さな国で国境を隣接している地点。このあたりにもジェイザックの伝説が残っている」
もちろん、ここにも魔物が出る。さらに外国に行くから、より問題は複雑になる。
「帝国との関係が微妙だって噂はあたしも聞いているわ。皇帝が大陸の覇権を手に入れたい欲を抑えられなくなってるって。情勢が不安定な場所だし、万一ヨナくんが王家の血を引く子とバレたら大変なことになる」
「それは確かに、行くのをためらうね」
「でも行くんでしょう?」
「もちろん。とりあえず国境付近に行くのは一旦待って、離れた場所で漆黒の森の様子を見たい」
「ええ。それが賢明ね。じゃあこの町に行きましょう。ヴォンネルという、小さな所よ」
城塞都市ではなく、ここと同じく柵で覆われた町。漆黒の森に隣接していて、魔物が国土に侵入しないよう備えている最前線のひとつだ。
今後の方針が決まったな。
サイラスに、旅に戻ることと、これまでお世話になったお礼を丁寧に伝えた。彼は寂しそうな顔をしながらも応える。
それから、もう少しだけ待ってくれと言われた。
町の新しいシンボルをお披露目したいと。
その日、町の広場に多くの人が集まっていた。
彼らの注目はジェイザック像ではなく、広場の入り口付近に建てられた背の高い構造物に集まっていた。成人男性の背の倍くらいの高さがあるそれには布が被せられていた。
サイラスと、もうひとり三十代ほどの男による手短な挨拶が終わってから、布が外された。
立派な文字盤を持った時計が姿を表した。市民たちが声を上げる。
こういう時計は高価な魔道具で、お金持ちが屋敷の中に持つのが多く、市民が保有することは無い。けれどあの異能者の男は、市民も時計の恩恵に預かれるように願った。
サイラスも彼の心意気を受け入れていたし、ゾンビ事件の爪痕が残る町に明るい話題を与えたいと、予定を早めて時計のお披露目をした。
市民たちは、今の時刻を正確に知る手段に目を丸くしている。金持ちしか手に入れられない情報を自分たちも知れる。その事実に興奮した様子だ。
サイラスや時計職人に感謝の言葉を口々に伝えていた。
僕たちはそれを見守ってから、揃って広場を後にする。
時計か。あの職人とヴァニアは、似た種類の異能を持っていた。力の使い方を誤らなければ、人々から称賛される人間になっていたのかな。
彼女がそれを望んでいたかは、今となってはわからないけれど。
「なによ。確かに時計って素敵だと思うけど。ジェイザックのこと、みんな忘れたみたい」
「まあいいだろ。忘れはしないから。時計とジェイザック、ふたつの名物でこの町は有名になるんだよ」
「そう。ならいいけど。アンリーシャのことは、全然有名にならなかったわねー」
「彼女が有名な町もあるでしょう」
「そこ行きたい!」
「今度ね」
「ふんっ! まあいいわ。次の行き先もジェイザックの伝説が残る町。アンリーシャのこと大好きな人だっているに違いないわ!」
「どうなんですか、ゾーラさん」
「微妙なところね」
「なんでよ!」
「伝説ではジェイザックが、そこの女と恋に落ちたそうなのよ。だから、別の女であるアンリーシャの影は薄い」
「な、なによそれ……というか、ジェイザックってモテたのね。恋人が何人もいるように聞こえるんだけど」
「女性へ手を出すのは早かったみたいね」
「僕の父みたいだ」
「ヨナだって、アタシら女に囲まれてるしな!」
「確かに……。僕、もしかして父と同類なの? ジェイザックの子孫はみんな、そんななのかな」
「よ、ヨナ様落ち込まないでください! あなたは大丈夫ですよ! たぶん! ヨナ様は特別なので!」
そんな賑やかな会話をしながら、町の門へ続く通りを歩く。
人々はみんな、広場の時計塔について興奮した様子で話していた。あれだけ持て囃されていた僕の存在に気づいていない。
門を守る兵士も同様。彼らもまた、仕事終わりに時計を見に行こうと話すのに夢中で、町から出る僕たちをそのまま通した。
誰もが夢中になっていた僕は、誰にも気づかれずに町を出た。
それが正しいのだと思う。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。これで、第5章は完結です。
第6章は明日からすぐに投稿していきます。ぜひ、引き続き楽しんでもらえれば嬉しいです。
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