5-47.止めてくれる人
そんなに困った顔をしていたのかな。こちらをちらりと見たゾーラは微笑みを浮かべた。
「ありがとう。あたしを心配してくれる人がいるだけで、幸せよ。あたしはひとりじゃない。師匠には人の道を外れた時に、止める人がいなかった。あたしにはいるってことでしょう?」
「それは、そうかもしれないけれど」
「ずっと、あたしと一緒にいてね。もちろんティナたちとも」
「うん。わかった。約束する」
「そうだ。一緒にいるついでに、ひとつ訊いてもいいかしら」
「なに?」
なんのついでだ。
「あたしが、美少年の永遠の美しさを保つための不老の薬を探していると、前に言ったわよね?」
「そうだったね」
「本当に見つけたら、ヨナくんは飲んでくれる?」
「それは……」
どうして急に、こんなこと訊いたのだろう。心中の疑問に答えるように、ゾーラは続けた。
「師匠が言ってたのよ。あたしが既にその薬を見つけていたら、師匠はこんなことしなかったかもって。ええ、わかっているわ。見つけたとして、それをヨナくんに飲ませるかは別問題」
「でも、師匠の願いは叶えてあげたい?」
「そうよ。馬鹿なことはわかっているわ」
それでもゾーラは、師匠を尊敬していた。あんなことになったとしても。
「僕は……わからない。その時にならないと、なんとも言えない」
そう答えるしかできなかった。
「そう。全否定はしないのね。だったら希望はあるわね。薬を探す価値もある。ふふっ。ヨナくんみたいな可愛い男の子を永遠に見ていたいっていうのは、あたしの願いでもあるのよ」
「そっか」
不健全かもね。ティナがいれば、教育に悪いって怒るかも。
でも、ゾーラが元気になってくれたのを嬉しく思う。
それからしばらく、他愛のない話しをしていると、ノックの音がした。どうぞと返事をしたら、ドアが勢いよく開いた。
「ヨナ様!? 目覚めたのですね! よかった!」
「うわっ!?」
ティナが飛びかかる勢いで寄ってきて、強く抱きついた。
「よかった! 本当に……よかった……」
「ごめん。ティナにも心配かけたよね」
「いいえ。いいんです。本当に、お体に何もないですか?」
「うん。ちょっと疲れてるだけ。よく眠れてすっきりしてる」
「ゾーラさんと一緒に寝てて、何もされなかったですか!?」
「一緒には寝てないよ」
「そうよ! その言い方はなんなのよ!」
「なんか、無駄に大きな胸を見せて誘惑とかされませんでした!?」
「されてないよ」
「しないわよさすがに! 寝ている相手には!」
「起きてたらやるみたいな言い方だなあ」
「なんか不健全な話とかしませんでしたか!?」
「あ、それはしたかも」
「やっぱりー!」
「ちょっ! ヨナくんなによそれ!? してないわよ! あたしはただ、純粋な目標について話てただけよ! 美少年を永遠に愛でたいっていう!」
「願いを持つのは自由だけど、不純ではあると思うよ」
「やっぱり! わたしは反対だったんです! ヨナ様とゾーラさんが一緒の部屋に寝るのは!」
「なによ! 何もしてないってば! 少なくともまだ!」
「これから何かするつもりだったんだ」
「ですよね! やっぱりあの邪悪な巨乳を押し付けるつもりだったんですよ!」
「やらないわよ! さっきから胸のことばっかり失礼ね! あんたに無いからって僻むのはやめなさい! というか! 抱きついて胸元押し付けてるのはティナの方でしょ!」
「わたしはいいんです!」
「なんでよ!? ずるい!」
結局、程度の低い言い争いは、やってきた医師に怒られるまで続いた。
なんなんだ、これは。
僕たちが吸った香りは、強烈な眠気を誘うというもの。アカナはそういう薬草に詳しかった。
幸いなことに、眠くなる以外に人体への害はない。少し休んだ僕たちは、他の怪我人のためにベッドを開けるべくさっさと追い出された。
入院させられたのはサイラスの厚意らしい。けれどゾンビ事件の影響で、怪我人は大勢いるもんね。
ゾンビは兵士たちの奮闘で、全員が倒された。今は、事後処理と何があったのかの調査が行われている。
噛み付かれてゾンビにされた人たちの皮膚からは、紙に貼られた紋様に似た歯型が見つかった。高濃度の魔力を込められた紙でゾンビ化した死体が、歯から魔力を注ぐことで他者もゾンビにするらしい。歯型からゾンビになった者にも、誰かに分け与える魔力がある限りは同じことができる。
いずれは魔力が無くなり、ゾンビの拡散は止まる。
それが、町のお偉方が推測したこと。本当はどうなのかは、ゾンビを作った本人が死んだか話せないから不明だ。
一連の事件はヴァニアが起こして、アカナがそれを乗っ取った。ふたりに協力させられた男は兵士たちに見つかって、即座に捕縛されて取り調べを受けている。
彼によって、誰が事件を引き起こしたのかはわかった。しかし動機や魔術の中身については教えられていないだろう。だから事件の真相は不明。
彼が取り調べを受ける時間は短いらしい。その後は死罪になる見込みとのことだ。
アカナの家でヴァニアは保護された。真相を最も知っている生者は彼女。しかし舌を切断されて話せなくなっていて、手も動かせないから筆談もできない。
まばたき一回が「はい」で二回が「いいえ」で話すとか、文字表を見せて眼球に字を追わせるとかの、手間のかかる会話しかできない。
大事件を起こした彼女も、いずれ死罪になると思われる。貴族の娘だけれど、庇ってくれる家はゾンビになって消えたから。
となると、真相に一番近いのは僕たちになる。生前のアカナと会っていたし、ゾーラは特に会話をしていた。
取り調べの際、兵士からは丁重な扱いを受けたものの、ゾーラは辛い出来事を思い出して語ることになった。
それでも彼女は気丈に振る舞っていた。
「あたしは学者だから」
取り調べから解放されたゾーラが、ふとつぶやいた。
「正しい事実を、ちゃんと記録に残さないといけないのよ」
寂しそうで、けれどしっかりした口調だった。




