5-46.望まない死
目をかっと見開いて歯を食いしばる、必死の形相。ヨナは、ただただ相手を傷つけるためだけに全力を尽くしていた。
「ぎゃっ!」
悲鳴が上がる。老婆の顔に一筋の血が垂れた。ヨナにそれが見えているのか不明で、もう一発殴った。壁に血飛沫が散る。
「ち、違っ! そうじゃない! あっち! あの聖剣!」
アカナが必死に呼びかけているけれど、ヨナは聞いていない。何度も何度も、醜い小役人の像を叩きつける。
「いやっ! 嫌ぁ! そんなので! 死にたくない! そんなっ! やだ! やめてぇ! その像を離して! それじゃない! 違うのっ!」
「黙れ!」
「あがっ!?」
ヨナに腹の辺りに膝蹴りを蹴られて、苦しげな声をあげるアカナ。背中が壁に当たってドンと音がする。彼女の言う事など、ヨナの耳には一切入っていないらしい。
「お前のせいで! お前がっ!」
憎悪に満ちた声を上げるヨナは、アカナの言葉が聞こえてないようで。
彼女はなおも、違うとうわごとのように繰り返していた。
「違う。やめて。ちがうの。こんなことの、ために、やったんじゃ、ない……ちがっ」
横っ面を思いっきり叩かれて、アカナは倒れた。床に血の池が広がっていく。
彼女に馬乗りになったヨナが再度振り上げた像には、真っ赤な血がこびりついている。そこから滴る血がヨナの顔も汚す。けれど彼は気にせず、もう一度殴った。
アカナの体はガクガクと痙攣して、命が尽きかけようとしていた。
「嫌だ……。こんな、死に方。したく……」
ゴンと鈍い音がして、それがとどめになった。微動だにしなくなったアカナの体を、ヨナはなおも殴り続けたけれど、やがて相手が死んだことを察したのだろう。あるいは、力尽きたか。
像を手放した。こちらに振り返った彼はフラフラで、今にも倒れそうで。
「ぞ、ゾーラ。無事?」
「ええ。無事よ。早くここから出ましょう」
「うん。で、よう……」
立ち上がる力も入らないのか、膝立ちのままこちらに来たヨナは、途中で気を失って倒れた。
この香りのせいだ。小さな体で吸いすぎたんだ。早くここから出さないと。
――――
突っ走ったヨナを、キアとティナは慌てて追いかけた。
「おい! あいつ速いな!」
「そ、それだけ! ゾーラさんのこと、心配、なんでしょう!」
「ティナ大丈夫か? 息切れしてないか?」
「してます! してますけど! 頑張ります! みあー! でも先行っててください! なんか屋根の上を走って先回りしてください!」
「まだ無理だ!」
建物の間隔が広いから、屋根から屋根に飛び移ってのショートカットはできない。
ヨナの姿はとっくに見失っていた。もう目的地に着いてるのかな。
「キア!」
もふもふに乗ったアンリが声をかけた。その向こうでは兵士たちがゾンビを相手に戦っている。兵士の方が数が多く、優勢らしかった。
「いい所に来た! 乗せてくれ! アカナの店まで!」
飛び上がってもふもふの上に乗りながら伝える。
「ええ! でもどうして!?」
「アカナがゾンビを作ってたんだよ! あいつが犯人だ! ゾーラが危ねえ!」
「! わかったわ! 行くわよもふもふ!」
「あー! ふたりとも! 待ってくださーい! 置いてかないで!」
「お前が先に行けって言ったんだろ!」
「そうですけど!」
追いかけてくるティナの姿がどんどん小さくなっていく。
アカナの店についた途端に感じたのは、開けっぱなしの扉から漂う強い臭いだ。もふもふがこれを嫌ったのか急停止して、キアは振り落とされてしまった。
すかさず空中で体勢を立て直して着地。店内に入った途端、なにかまずいと感じて口と鼻を抑えて息を止めた。
目を凝らすと、向こうから人影が来た。ゾーラと、それに肩を支えられているヨナだ。
「おい! なにがあった!?」
「換気! 窓を全部開けて中の空気を入れ替えて! あと、奥の暖炉に水を掛けて火を消して!」
「わ、わかった! アンリは窓だ! アタシは水をなんとかする!」
なんとか店の外にたどり着いたゾーラは、ヨナを降ろすと自分も倒れ込んでしまった。
できるだけ息をせずに暖炉まで水を運んでぶちまける。そこにはアカナの死体と、動けなくなったヴァニアの姿があった。
何があったんだよ。あのふたりが目覚めるまでわからないのか。
――――
目覚めると、僕はベッドに寝かされていた。
周りを見れば、知らない部屋だった。たぶん病院とか、そんな施設なのだろう。
あまり広くはないが、清潔で静かな部屋だ。
ベッドはもう一台あった。そこにはゾーラが寝かされていた。彼女は先に目覚めていたらしい。
「起きたのね、ヨナくん。無事でよかった」
横になったまま、僕の方を向いて話しかけた。
「うん。……あのさ。僕、アカナの店でなにをやったんだろう。正直、頭がボーっとしてよく覚えてないんだ。ゾーラが危なかったから、必死に助けたのはわかる」
「ええ。正しいわ。ありがとう」
「僕はアカナを殺した?」
「そう。師匠はあたしを憎んでいた。自分の邪な願いを叶えるために、町にゾンビを解き放った」
「ゾーラを憎んだ?」
「本当に憎んでたかどうかは、わからないわ。自分の願いのために、おかしくなってたのかも。少なくとも王都にいた時は、師匠はあんなこと言う人じゃなかった。……強い願いは人を狂わせるのね。残酷なことに」
悲しげな口調で語るゾーラの目は天井を向いていた。
「死ななかったら、アカナはゾーラと仲直りできたかな」
「どうでしょうね。あたしは、師匠に何人かいた弟子のひとりに過ぎない。それよりは、生涯をかけて追ってきた英雄と、それにそっくりな美少年の方が大事だった。あたしには、どうすることもできなかったのよ」
弟子として、こんなに寂しいことはない。僕はかける言葉が見つからなかった。




