5-44.お望みの死
そう時間はかからずアカナの店に辿りついた。周りにゾンビの気配はない。
「師匠!」
店の正面扉を開ける。鍵はかかっていなかった。まさかゾンビに破られて錠を壊されたのかと血の気が引いたが、中に荒らされた様子はなかった。
「師匠? いますか?」
店の奥まで行けば、アカナは穏やかな表情で座っている。前のテーブルには、木の棒がいくつか並べてあった。暖炉では炎が煌々と燃え盛っている。
「師匠! ご無事でしたか!」
「ゾーラ、よく来たわね。ヨナくんは?」
「別の場所で戦っています」
「……そう。連れてきてくれないかしら。ゾンビの件について、重要なことがわかったの」
「重要なこと?」
「ええ。彼に伝えたい」
「わかりました。ですが外にはゾンビがいて危険です。守りを固めてください。あたしからヨナくんに伝えますので、教えてもらえますか?」
「……彼に、直接伝えたいのよ」
「なぜ、ですか?」
なぜか様子がおかしい。こちらを見つめるアカナの目が、妙に血走っていた。
ふと、音が聞こえた。ドンドンと、壁か床を叩く音。ここにいると位置を教えたがっているような様子。
話し声がしたから第三者が到来したと察して、見つけてほしいって思っているようだ。
「あの扉から?」
「動かないで。危険よ」
「でも」
「見ちゃ駄目。ヨナくんにしか見せないの」
「そうはいきません」
危険ってなにがだ。そんなものと師匠が一緒にいるのはまずい。ヨナが対面しても危険なのは変わらないだろう。まずは、あたしが確かめないと。
普段は小さな物置として使われているらしい。そこに向かおうとした所、アカナは持っていた瓶の中身を暖炉にぶちまけた。中身はなにかの粉末だった。
直後、強い臭いが部屋中に漂った。
炎に焚べることで香りを発生させる植物があるのは知っている。香と呼ばれる文化だ。薬草を扱うアカナなら、その知識もあるのだろう。商品として扱っていてもおかしくはない。
それを、大量に焚べた。
臭いだけではないようだ。ゾーラは急激に意識が遠のくのを感じた。眠ってしまうような、あるいは気絶と言ってもいいかも。
床に膝をついて倒れ込み、そのまま気絶するのはなんとか耐えた。これも、あの粉のせいか。
おかしい。アカナは何をしたいの? あの扉の向こうを見られるのが、そんなにまずいの? でもヨナになら見せられるって何?
杖で体を支えながら、膝立ちになってなんとか扉まで行き、開ける。
中でヴァニアが倒れていた。怪我でもしているのが、両膝と肘に包帯を巻いていて、血が滲んでいた。口にも布を噛ませていて喋れなくしているようで、そこにも血がついている。
こちらに、縋るような目を向けていた。布越しに、声にならない悲鳴を上げている。肩を動かして必死に床を叩いていた。
「どう、したの? ほどいて、あげないと……」
「ほどいてもヴァニアは喋れないわ。舌を千切ったもの。それに動くこともできない。膝と肘の関節を砕いて、腱も切ったから。永遠にそのままの状態ね」
相変わらず座っているアカナは平然と言った。彼女はなぜ、この臭いの中で意識を保っているの? 目を向ければ、別の白い粉末を鼻から吸っていた。
意識を強制的に覚醒させる薬だろうか。さっきも目が血走っていたな。最初からこうなる想定はしていたのか。
「哀れに思うことはないわ。一連のゾンビ事件はヴァニアが犯人。この子はね、異能者なのよ。ゾンビを作る紙片も、この子が作って貼り付けていた。あたしにもそのことを隠してね。隠し通せるって考えてたあたりが、子供の浅知恵ねえ」
「そんな……じゃあ、今の惨状も?」
「それはあたし。ヴァニアをそうやって動けなくした上で、紙を作る魔力だけ貰ったのさ。で、こいつの家族を殺してゾンビにして町に解き放った。ヴァニアの体を壊す時にさ、計画を教えてやったさ。こんな女でも家族に情はあったのかね。やめてってうるさかったから、舌から切った」
「うー! うー!」
ヴァニアの悲痛な叫び。涙を流している。
師匠がそんなことをした? 信じられない。まさか、意識が朦朧としている状態が見せた幻覚? いや違う。落ち着け。これは現実だ。アカナは間違いなく、己の非道な行為を話している。意識が朦朧としている原因も、そもそもアカナだ。
だから弟子として、なぜこうなっているのかを解き明かさないと。
「師匠、どうして、こんなことを」
「ふふっ。決まっているでしょう? あたしはヨナくんの、ジェイザックの、あの理想の美少年の、永遠になりたいのよ」
「永遠?」
「あの子によって華々しく殺される。それがあたしの望み。伝説の英雄の、伝説の聖剣によってね」
彼女はテーブルに置かれた木の棒をちらりと見た。彼女は、ヨナが来ることを望んだ。彼にヴァニアの姿を見せて己の所業を教える。
あれでいて感情的な少年だ。ヨナは激高して、アカナを殺すだろう。餌のように置かれている木の棒を咄嗟に掴むだろう。
だからアカナは聖剣で殺されることになる。
「一目惚れだった! 彼のことしか考えられなくなった! 一緒に暮らしたい! なのに彼はいずれ町を出る。いずれ成長する。そんなのには耐えられない。見たくない。だったらいっそ、残酷な現実を見る前に死んでやる。そう思ったのよ。ジェイザックの聖剣で死ぬのって、素敵だと思わない?」
アカナの目が爛々と輝いているのは、薬のせいだけではないのだろう。生涯研究を重ねてきて、自分の理想を追い求めもした英雄にそっくりな少年が現れたのなら、夢中になるのも理解できる。
この街で幸せな結婚をした。けれど、それすら忘れるほどの少年。
だから、それに殺されたいと考えてしまった。
「ええ。本当は死にたくはないわ。他の方法があれば、それをとりたい。けれど無理よ。彼が大きくなるのを止められない。それから、彼はあたしを単なる研究者としか見ていない。そんな認識で終わられたくない。だったらまだ、大悪人として自らの手で殺した相手として記憶に残った方がいい。それでようやく、あたしとヨナくんの関係は完成するの!」
狂っている。けれど考え方はわかる。殺した相手は一生心に残るもの。アカナの考えは正しい。
けれど思い違いをしている。




