5-43.アカナの凶行
だとしたら相当に頭がいいな。
「おーい。誰かいるかー? いたら返事しろー。敵じゃないから。あ、でもゾンビっぽい奴がいたら殺すからなー。出てくるなら今だぞー」
「変な呼びかけしないでください」
「ちなみに殺すのはジェイザックそっくりの英雄だからなー。聖剣でバラバラにされるぞー」
「だから。ヨナ様を巻き込まないで」
「静かに」
「うえっ!?」
キアが急に真面目な顔になって、ティナの口に人差し指を立てる。それから伏せて床に耳を当てた。
「ヨナ。大きな音を出してくれ」
「うん。ティナ、手伝って。そこの高そうな壺を割ろう」
「はい!」
「こういう時だからいいけど、そういうこと平気でするのどうかと思うぞ」
自分でやっててなんだけど、僕も同意見だ。
廊下に置かれた妙に大きな壺。ティナの手を借りても両手で持たなければいけないから、木の枝は捨てた。
持ち上げ、廊下の窓ガラスに思いっきりぶつける。両者が割れて破片が散らばる。もちろん大きな音がした。
「こっちだ。身じろぎの音がした」
キアが立ち上がって迷いなく扉のひとつを開けた。ゾンビの可能性があるからナイフを抜いていたけど、中を確認して構えは緩めた。
「安心しろ。この屋敷に、もうゾンビはいなさそうだ。英雄様が助けに来てくれたぞ」
見れば、恰幅のいい女が部屋の隅で震えていた。使用人なんだろうな。
僕は英雄じゃないのだけど、キアは彼女を安心させるために言ったのだろう。事実、僕の姿を見た使用人は涙を流した。
「ああ……ジェイザック様。ありがとうございます。ありがとうございます!」
「もう安心です。ゾンビは町に散らばりましたが、ここに戻ってくることはないでしょう。兵士が反撃を開始して、いずれ鎮圧します。……ここの当主がゾンビとなっていました。何があったのか、知っていますか?」
「ああっ! 旦那様! なんて恐ろしい……!」
「怖かったですよね。まずは落ち着いて、ゆっくり話してください」
ティナが使用人に寄り添うようにして、背中を撫でて話しかける。僕よりもずっとうまく聞き出せそうだ。
「アカナが……ご隠居様に取り入ったあの女が! みんな殺したんです!」
彼女が口にしたのは驚愕の事実だった。
「朝、あの女は朝食の支度をしているコックに話しかけていました。ゾンビにならない方法がわかったかもしれないと。そして料理に、何か粉のようなものを混ぜるように言ったのです。薬草を調合して作った薬だと説明していました。これがゾンビ化の予防薬になると」
そんなものはありえない。ゾンビになるのは魔術の影響だ。薬でなんとかできるものではない。
けれどアカナは学者だし、町のシンボルである銅像の製作者。言うことをみんな素直に聞くだろう。魔法の影響が体内に入りにくくなる薬で、これから町の人みんなに飲ませていくとでも説明すれば、簡単に騙される。
こうして屋敷の人間はみんな、アカナの薬を飲んだ。
「最初は何も起こりませんでした。けれど少ししたら体が痺れてきたそうです。副作用はすぐに収まるからと、みんな食堂に集まって安静にするよう言われて……わたしだけは、他に仕事があったので食事のタイミングがずれてしまって。アカナもそれに気づかず難を逃れました。けれど、他の皆さんはみんな動けなくなって……」
「死んだのですか?」
「いいえ。しびれて動けなくなっただけです。旦那様たちはその段階でもまだ、副作用が強すぎたと思っていた様子で。そしてアカナは、外から男を連れてきて……彼はナイフを持っていて! みんな殺されました! 愛していたはずのご隠居様まで! わたしは隠れて見るしかできませんでした」
アカナと、なぜか協力している謎の男は、当主をはじめとした家中の人々をみんな殺していった。アカナの旦那になった男含めてだ。
そして紙をペタペタと体に貼っていった。彼らがゾンビになると察した使用人は、部屋に隠れて震えるしかできなかった。
こうして町に放たれたゾンビは、なぜか増えるという性質を利用して大混乱を引き起こしたわけだ。
「まさか、アカナさんが事件の黒幕だったなんて……」
ティナが、さすがにショックを受けているようだ。僕だって信じられない。いい人だったのに。
いい人を装っていたのか。そして裏でこんなことを。歳を取ってから得た結婚相手まで殺して。
ソフィはあいつのせいで。
「おい。ゾーラが危ないんじゃないか? このこと知らないで、あいつの家に行ったんだよな?」
確かに。行かないと。
次の瞬間には駆け出していた。
「あー! ヨナ様待って!」
背後から声が聞こえるけれど、待ってる余裕はない。
――――
町のあちこちで、ゾンビが人を襲っていた。市民たちは逃げ惑うばかりでろくな抵抗はできない。けれど奮闘している兵士もいるし、自発的に市民を守ろうと自発的に戦っている冒険者もいた。もちろん、家族を守るために武装した普通の市民の姿も。
無力な者たちも、早々に自分の家などに駆け込んで避難しているから、犠牲になる人間は増えにくくなっているようだ。それでもゾンビたちはドアを破って家に押し入ろうとするし、攻撃してくる相手には抵抗する。
死者は、あとどれくらい増えるだろうか。
そんな町をゾーラは駆け抜けた。ゾンビが何体か襲ってきたが構わない。走ってくるゾンビの足元に蔓を絡ませて転ばせて、なおも近づいてくる奴には闇の塊を顔面にぶつけてやった。
全力疾走なんて滅多にしないし、運動は得意な方じゃない。けれど、一刻も早く師匠の無事を確かめないと。




