5-37.もっとうまくやらないと
「こんな朝早くにどうしたの?」
笑顔で訊いたアカナに、ヴァニアはどう答えるべきか必死に考えて。
「ええっと。どうしても眠れなくて。なんだか町でゾンビ騒ぎが連続してるから、気になって」
「そう。気持ちはわかるわ。町がどうなるか心配よね。一体誰が、こんなことしているのかしら」
「わかりません」
自分だとは言えない。
「師匠は、どんな人だと思いますか?」
「そうねえ。あれは間違いなく禁術の一種。だからそれに触れられる環境にある人物ね。お金持ちとか」
正解だ。
「あとは男性だと思うわ。人を殺すのも遺体を運ぶのも腕力がいるもの。もし犯人が女性か子供なら、男性の協力者がいる。それも犯罪に協力させられるくらいに、大きな弱みを握っている。親しい関係とは限らないわ。仲良しだけで、こんなことはさせられない」
それも正解。師匠はさすがだな。頭がいい。
「そしてなにより、犯人は異能者よ。それもあなたと同じような、ね」
真っ直ぐにこちらを見るアカナの様子が不気味に思えた。まさか師匠は、わたしのことを疑っている?
「で、ですよね。わたしみたいな種類の異能者が他にもいて、力を隠しているなんて。驚きですね」
「ええ。隠すだけじゃない。積極的に犯罪に利用している。なんのためかは知らないけどねえ。そこがわからないのよ。不用意に事件を起こす理由が見当たらない。自己顕示欲の現れ? 愉快犯? その割には、犯人自身は姿を表さないし、ゾンビを数匹ずつ出すのは小規模すぎる。面白がるなら、何十体と一気に出せばいいのに」
じっとこちらを見つめながら話すアカナ。この人が何を考えているのか、読めなかった。
ゾンビを大量に作る? 無理だ。その数の遺体を用意しなきゃいけないのに。
「あ、あはは。わたしにもわからないです、師匠。なんか、師匠の顔を見てたら安心して眠たくなってきました。ちょっと休みますね」
「まあ聞きなさい、ヴァニア。この本を読んでみたのだけどね」
アカナが持っていた本を閉じて表紙を見せる。
心臓が止まるかと思った。禁術の箱から持ち出した、ゾンビの作り方が書かれた本だった。
なんでそれを? 確かに研究のために持ち込んで、他の本と見比べたりはしたけれど。アカナには見つからないよう隠しておいたのに。
驚きが顔に出たのがおかしかったのか、アカナは小さく笑った。
「隠し事は、もう少しうまくやらないといけないわね。もっとも、それを習得するには大人にならなきゃいけないのだけど」
「な、なんのことでしょう。そんな本、知りません」
「あらそう? じゃあ、内容を教えてあげるわ。この本にはゾンビの作り方は書かれているけれど、こちらの言うことに従順な都合のいいゾンビは作れないわ」
「そんなっ!?」
反射的に声を上げてしまい、すぐに口を塞ぐ。もう遅いのだけど。ゾンビ事件にヴァニアが深く関与しているのを、アカナは見抜いていた。
「序文に、作れる方法はあるはずだと書かれているわ。いずれ作ることができるとも。曖昧にしか読めなかったから、作れると思ってしまったのね。けど、あなたには無理よ」
立ち上がったアカナが近づいてくる。後退ろうとしても、屋内では限界があった。すぐに背中が壁について追い詰められる。
「し、師匠は。わたしを兵士に引き渡すつもりなのですか?」
「そうすべきねぇ。けど、その前に知りたいのよ。あなたはなぜ、こんなことをしたの?」
なぜ? 楽な生活がしたいからと答えても、アカナは納得しない。彼女の利がある回答をして、仲間に引き入れないと。
「よ、ヨナの! 彼の気を惹くためです! ゾンビさえいれば、ヨナは町に居続ける! いずれわたしと仲良くなって結婚します!」
「ああ。それはいい考えね。あの子には、ずっと町にいてほしい。出ていくなんて嫌。けど、あなたの最初の目的ではないわよね?」
「か、彼が来て、目的が変わったんです! 師匠のためになりたいって!」
「そう。あなたは本当に、良い弟子ね」
アカナが手を伸ばして、ヴァニアの頭を撫でた。一瞬だけ優しい笑みを浮かべたアカナに釣られて、ヴァニアの広角も上がった。
「けどね、無駄なの」
「ぎゃっ!?」
髪を強く捕まれて、床に叩きつけるように引っ張り倒された。
え? 今、なにが起こったの?
師匠が暴力を?
アカナはさらに、倒れた愛弟子の腹を力いっぱい蹴り上げる。老いた女とはいえ、暴力とは無縁な人生を送っていたヴァニアには十分な痛みと苦しさ。
「がはっ!? し、師匠、なにを」
「無駄なのよ。ヨナくんはあたしを好きにはならない。好きな相手は別にいるし、あたしは勝てない。……認めたくないけどね。彼があの貧相な女と結ばれる未来なんか見たくないわ。あの子、どう見てもまともじゃないもの。ひと目でわかるわ。狂ってる。他の女とも嫌。もちろんヴァニア、あなたともね」
ヨナが好きな女? 誰のこと? まさかソフィ?
「そんな未来が来るくらいなら、いっそのこと……ふふっ」
ヨナとの間に何を望むのか。まさか殺すとか?
恍惚とした表情で、半ば独り言のようにアカナは喋る。まるで、恋する乙女のような表情だった。
けれど隙を見て逃げようとするヴァニアにはすぐに気づいた。再び腹を蹴られてうずくまったヴァニアに、アカナはロープを用意して手足を縛り始めた。
「ヨナくんとあたしのために、あなたを利用させてもらうわ。ああ、あなたは何もしなくていいのよ。必要なのはあなたの力だけ」
「師匠……やめて……」
「あなたに協力している男って誰なのかしら。想像はつくけどね。あの人、薬物依存になってるみたいだし。あなたの言うことをなんでも聞くのでしょうけれど、従っているのはあなたにではなく薬。もっと強い薬を大量にあげるって言えば、あたしに従うわ。……馬鹿ね。悪いことは、もっとうまくやらないと」
アカナはそれから、どこからか薬を持ってきた。患者にいつも処方している、よく眠れる薬だ。それをヴァニアの顔に大量にぶちまけた。
夜通し動いていたのもあって、ヴァニアは相当疲れていた。すぐに意識が遠のいてしまう。
駄目だ。起きないと。アカナが何か恐ろしいことを考えているのを止めないと。
けれどヴァニアは無力だった。町を脅かす事件の首謀者であっても、何もできなかった。その事実に打ちひしがれながら、意識を手放した。




