5-35.ゾンビを作っていたのは
ぐぅ。不意に僕のお腹が鳴る。信じられないくらいに空気が読めないな、僕の体は。
「ご、ごめんなさい! 夜通し働いてお疲れですよね! すぐに朝食を用意します!」
屋敷へ走っていくソフィも、慣れない運動の結果疲れているようで。なのに僕に気を遣っているのが申し訳なく思えた。
けれど僕も限界だ。お腹すいた。あと眠い。なんとかしてくれ。
ほとんど味わうことなく流し込むように朝食を食べた僕は、ベッドに倒れ込むと気絶するように眠った。
ソフィのことを顧みる余裕なんかなかった。
――――
夜の町で、ヨナはゾンビを倒した。それもあっさり。
その姿は、やっぱり格好いい。彼がこちらに一切の興味を持っていないとしても、手に入れたかった。
英雄によく似た少年が少女のゾンビを倒す様子を、ヴァニアは物陰からしっかりと見ていた。
ゾンビがどこに現れるか知っているから、すぐ近くで見ることができる。
作っている者の特権だ。
「行くわよ。お礼は後で家まで送ってあげる。あーあ、眠い。こんな時間に動くものじゃないわね」
そばに控えている男に声をかけて帰らせて、自分も立ち去る。
男は病人のように青白い肌をしていて、しかし目はギラギラとしていて強い生気を感じさせる風貌をしていた。
彼はアカナの店の客だ。酒に溺れて体調を崩していた彼に、救いの手を差し伸べたのがアカナだ。胃腸と、酒を分解する臓器の働きを助ける薬草と、酒に逃げなくても夜は安らかに眠れる薬草を処方した。
そんなので酒を辞められるわけはなかったのだけど。だからヴァニアは他に、自分で調合した薬草を彼に渡した。アカナからは作ってはいけないと言われていたけど、構うものか。男が酒をやめられるなら良いじゃないか。
大した薬じゃない。服用すると気持ちよくなって、すごく幸せな気分のまま眠れるだけ。
ただ少し、依存性がある。飲むと得られる多幸感を忘れられなくなって、沢山欲しくなる。飲み続けると体が慣れてきて、薬の量が増えていく。
もっと欲しくなり、ヴァニアの言うことを聞いてくれるようになる。
便利な手下を作るには最適だ。
手下を作ってどうするかって? もちろん、ゾンビ作りの手伝いをさせる。
墓地から死体を掘り出すとか、人の家に忍び込んで眠っている住民を絞殺するなんて、ヴァニアのか細い腕では無理だから。男性の力が必要になる。
殺して紙を貼り付ければゾンビは作れる。こんな馬鹿な男でもできるのだから、楽な仕事だ。
その通り。一連のゾンビ事件の犯人はヴァニアだった。
ゾンビ化させるための紙もヴァニアが作った。彼女が持つ異能としての魔力を、紋様に注ぎ込むことで。
ヴァニアが自分の異能に気づいたのは、本当に偶然だった。アカナが祖父と再婚してから、少しした頃のこと。
ある日、スレンディル家の屋敷にある壁掛け時計に込められた魔力が枯渇して動かなくなった。
家の者が異能者の時計職人に魔力を補充してもらおうと話しながら外してテーブルに置いた時計を、ヴァニアは興味本位で中を開けて触ってみた。
すると、時計の針が僅かに動いた。
ほんの一瞬のこと。けれど確信を持てた。
このことは、できるだけ人に知られてはいけない。異能者だとバレたら、それを世の中のために活用する仕事を期待される。富は得られるだろうけれど、あくせく働くことを余儀なくされる。
ヴァニアはそんな生き方をしたくなかった。元々お金持ちで、身の回りのことは使用人たちがしてくれる。そんな生活を変える気はなかった。
かといって、異能を隠し続けるのも嫌だ。
家族が考えてるヴァニアの今後の人生は、金持ちの娘として他の金持ちの男と結婚して家を守るというもの。
旦那や他の男たちを立てて、他の奥方たちと仲良くしつつ内心では見下し合う。そんな日々をヴァニアは送りたくなかった。
金持ちの娘はそういうものと理解はしているけど、嫌だった。
異能を得たのはチャンスだと考えた。うまく使えば、最低限の労働で大金を稼いで、大勢の使用人たちに世話される毎日が送れるはず。
それには知識が必要だ。頼る相手ならいる。王都から来たアカナだ。家族になった彼女にだけ自分の秘密を打ち明け、誰にもバラさないで欲しいとお願いした上で弟子入りを申し込んだ。
表向きは薬草について学ぶため。本当の目的は魔道具について学ぶことだ。
薬学も学んださ。周りを欺くためには必要。あまり好きではなかったけれど身にはついた。薬の調合もできるようになった。
庭園の片隅で薬草を植えてる一角を、美しいとは思わないけれど。
アカナは魔法について詳しくなかったけれど、王都からいくつもの本を取り寄せてくれた。家庭教師から教育は受けていたけれど、あまり学問が好きではないヴァニアには難しかった。
それでもアカナに教えてもらって理解できるようになってきた。アカナの家に魔法の本が並ぶことになったけれど、部外者が入ることはない場所。誰も怪しんだりしない。
それから、屋敷の地下倉庫にも入った。片隅に置かれてある、やたらと大きな木箱。かつてこの地で使われたとされる禁術が入っているらしい。
絶対に開けてはいけないと、小さな頃両親から教えられた。中には危険なものが入っているからだと。
馬鹿みたい。どう危険かわからなければ意味ないのに、両親は知らなかった。だったら、中に入っているのが本当に危険なものなのか、誰も知らないってことになる。
わからないことは探求するべき。アカナから学者としての心構えを教えてもらったヴァニアには、見るなという教えは理屈に合わないものだった。
もっとも、教えを破って中を見たのは、それが将来役に立つかもという期待を持ったのが大きくて、探求は二の次なのだけれど。




