5-34.ソフィのトレーニング
剣を引き抜き周りを見る。テーブルの上に手つかずの料理がいくつかあった。
ローストした肉を見つけて、近くにあったフォークを手に取ったところ聖剣になってしまったから煩わしくて投げ捨て、手掴みで食べる。
すごく美味しい。
「ヨナ! 大丈夫!? ……ちょっと。行儀悪いわよ」
「だって。夕飯食べそこねて、すごくお腹空いてて。いい匂いする中で戦うの、辛かった」
「だからって手掴みは。しかもこんなぐちゃぐちゃの店の中で……ああもうわかったから。屋敷に戻ってご飯にしましょう。そんな悲しそうな顔をしないで。ね?」
「うん……」
駆けつけたアンリに連れられ店を出る。兵士たちも来たから、後のことは任せる。
殺された一家は四人。見つかった遺体は三つ。あとひとり、妻の遺体が行方不明で、いずれゾンビとして出てくる可能性が高い。だから兵士たちは、引き続き僕に町の警護をしてほしい様子。
気持ちはわかるけど、無理だ。もう働きたくない。空腹もあるけど、こうやって人に注目され続けるのは疲れる。
もふもふの上に乗って屋敷まで戻る間も、僕の姿を見た市民たちが声をかけてくる。無碍にすることもできないから笑顔を作って手を振るけれど、それも疲れてきた。
空を見れば明るくなり始めていた。夜通し警護してたのか。
ソフィが起きて庭の手入れをする時間帯になっていた。
屋敷に戻ると、彼女の姿が庭に見えた。ただし普段と様子は違っていて。
「走る時の姿勢を身につけるんだ。楽な走り方ってのはあるからな。体力をつけるにしても、そっちの方が効率がいい」
「はい!」
「ずっと走り続けるのは辛いし退屈かもしれないけど、必要なことだからな。基礎体力は何より大事だ。これがなきゃ戦えない」
「わかりました! キアさん!」
普段と違って動きやすい格好をしているソフィが、庭園の内周を走っていた。
走らせながら声をかけてアドバイスしているのはキアだ。
「なにしてるの?」
「あ! おはようございますヨナ様。夜通しの警護お疲れ様です! キアさんに頼んで、戦えるように稽古をつけてもらうことにしたんです!」
「おはよう。なんで稽古?」
「昨日のヨナ様の戦いぶりを見て、格好いいと思いまして。同時に、何もできなかった自分が不甲斐なかったんです。もっと強くならないと。そう思いました。……その、町を背負う町長の娘として、最低限は戦えるようになりたいと」
語る理由は建前に過ぎないんだろう。少し恥ずかしそうに頬を染めてこちらから目を逸したソフィは。
「そうやって、シルフィーネみたいになりたいな」
小さく言った。これが本音か。僕にもしっかり聞こえていたけど、聞こえてないふりをする優しさはあった。
「シルフィーネ? アンリーシャじゃなくて?」
「アンリはちょっと静かにしてようね」
ややこしいことになるから。
「立派な心掛けだと思うよ、ソフィ。でも、どうしてキアに?」
「朝、庭にいたので。思い切って声をかけてみました」
「そっか。庭にね」
「な、なんだよ。トカゲ捕まえようとかしてないからな!」
してたな。
「あ、アタシはだな。純粋にソフィのために体力作りを手伝ってやりたいって思っただけだ」
「そっか。ちなみに今のところ、どう? ソフィはゾンビと果敢に戦えるくらいに強くなれそう?」
「そういうのはヨナの方がわかってるんじゃねえか? アタシは森の中を駆け回ってたら自然に鍛えられた。人から教えられて鍛えるのは、ヨナの方が経験あるだろ? 王都で師匠から剣を教わってた」
「うん」
王族であることは隠しても、これくらいは言ってもいいとキアは考えたんだろう。ソフィは、退役した兵士が王都で開いた道場で学んだ、くらいの捉え方をしたらしい。
そして訓練の成果は出るのかと、期待の籠もった目を向けていた。
「ソフィが普段運動してないのは、さっき走ってるのを見てわかった。もちろんそんな子でも鍛えれば強くなる。でも戦えるようになるまでは時間はかかるかな」
「ふふん」
「アンリは特殊だから」
同じ歳で普段から戦いの場に身をおいているアンリが、もふもふの上で胸を張った。この子は弓と馬が頼りな面が大きい。もふもふから降りて剣での戦いになったら途端に弱くなるだろう。
混戦の中で立ち回れるセンスとか勇敢さも当然あるから、強いことは確かなのだけど。
僕の場合はガリエル公爵から鍛えられた。家族からは期待されていないとしても、将来的に王族として国のために働くのを見据えて、体作りから気を使っての訓練だった。
ソフィにはアンリみたいなセンスも、僕みたいな背景もない。
無くていい。戦うことを期待される立場じゃなし、その必要もない。
そして一般的に、子供は戦うのを期待されていない。戦闘のために鍛えるのは早すぎると見なされるし、軍に入れる年齢に下限があるのもそういう理由。
ソフィの期待はわかるけど、僕の答えが変わることはない。
「将来的に強い戦士になりたいとしても、今は体作りに取り組んだ方がいいと思うな」
「そう、ですか……」
ソフィは明らかに落胆した。彼女が戦いたい理由は、数日のうちに町を出る僕のためだから。
彼女には時間がない。
よくわかっている。でも僕には。
「焦らないで。努力していれば、きっと成果は出るから」
そんな、つまらない助言をするしかできなかった。




