5-33.夜間警備
というわけで、夜の町を巡回することにした。数人の兵士に随伴されて、もふもふの上に乗って周囲を警戒しながら進む。もちろんアンリも、もふもふのそばにいた。
まだ市民たちは起きて活動する時間帯だ。飲食店は営業しているし、遅くまでやっている酒場なんかはここからが稼ぎ時。仕事を終えた労働者たちが酔っ払って通りを歩いている。昨日の昼にやった時ほどの人だかりは出来てないけれど、人々の熱気は今の方が上で。
「おおー! 見ろ! ジェイザック様がいるぞ!」
「本物だぁー!」
「ジェイザック様がいる限りこの町は無敵だ!」
「ばんざーい! ジェイザック様ばんざーい!」
「ゾンビども! かかってきやがれ!」
酒の勢いで気が大きくなってるなあ。期待を寄せらすぎるのも考えものだ。
困りごとはそれだけでは終わらなかった。
「きゃー! ゾンビよーっ!」
不意に、若い女のものと思われる叫び声が聞こえた。馬を動かしてそちらに向かえば、満面の笑みの女が待ち構えていた。
あまり良い身なりをしているとは言えない、娼婦みたいな格好の女は明らかに酔っていて。
「ジェイザック様会いたかったー! 結婚しましょー!」
叫びながら服を脱いで迫ってきた。慌てて兵士たちが取り押さえにかかるし、僕も目を逸らす。女の胸が視界に入ったけど、ちゃんと見てはないからね。
「なんだったの、あれ」
「ゾンビだって言えば僕を呼びつけられるから。英雄に会いたかったんだろうさ」
「それはわかるけど。なんで脱いで、おっぱい見せつけたのかしら」
「さあ。男の気を惹きたかったとかじゃない?」
僕に訊かれてもわからないよ。
その後も。
「ジェイザック様! こいつゾンビですよね! とっちめてください!」
と、酔ってフラフラになっただけの酔っ払いを連れてくる奴とか。
「俺はゾンビ! ゾンビなんだぁ!」
と、全然似てないモノマネを披露する奴とか。
「おいおい。なにがジェイザックだ。似てるだけのガキじゃねえか。英雄を騙るなんて畏れ多い! おい! 降りてこい! とっちめてやる!」
と、絡んでくる奴と遭遇した。
最後のは僕に喧嘩を売らなかったら、思ってること代弁してくれてありがたかったんだけどな。ほら、兵士たちも聞きなよ。僕はジェイザックじゃないんだってば。
夕飯を食べそこねた空腹もあって、早く帰りたい気持ちしかなかった。しかも歩いているのが飲食街で、あちこちから美味しそうな匂いが漂ってくるから良くない。
またどこかで、ゾンビが出たぞと声が上がった。どうせいたずらだろう。
「ヨナ、行かなくていいの?」
「いいでしょ。頑張っても無駄だよ。お腹がすくだけ」
「もう! なによ! 英雄なのにそんなこと言っちゃ駄目! もふもふ! 走って!」
「うわっ!?」
乗っている僕よりアンリの言うことを聞いたもふもふが駆け出した。振り落とされないように必死にしがみつきながら、通りを逃げるように走っている数人の集団を見つけた。
顔に怪我を負っているようだ。
「何があったの!?」
「ジェイザック様! ゾンビ! ゾンビです!」
短いやり取りの後、彼らはもふもふとすれ違い離れていく。嘘を言ってるようには見えない。
まさかアンリが正しいなんてね。
また悲鳴がした。もふもふは全て理解しているように駆けていく。
明るい店の前で、男が小さな人影に押し倒されていた。あの男がさっきの悲鳴の主。逃げ遅れたのだろう。
上に乗っているのがゾンビ。僕の指示も聞かず、もふもふがそちらに突進してゾンビの体を蹴り上げた。
ゾンビは小さな女の子のようだ。昼間の男の娘か。僕よりも少し年下くらいの、小さい子。元は可愛らしい顔つきだったろうに、それを歪めて恐ろしい形相になっていた。
そんな彼女の体は宙を舞い、近くにある店舗の中に入ってテーブルの上に叩きつけられた。なにかの飲食店かな。いい匂いがした。客はみんな避難したようで、中は散らかっていた。
普通ならば痛みで大泣きするような怪我をしただろうに、ゾンビとなった今は痛みを感じていないのか、平然と起き上がった。周りに置かれた皿がはずみで床に落ちるのなど、お構いなしだ。
ああもったいない。あれ、まだ食べられたのに。お腹すいたなあ。
さっさと終わらせて食事にしよう。もふもふの頭を撫でて止まらせて、降りて剣を抜く。子供ゾンビは恐ろしい形相のまま飛びかかってきた。
子供ながらも遠慮なしに全力で襲いかかってくれば脅威だ。こちらも怪我をしかねない。けれど動きは隙だらけ。見切って回避しながら剣を振る。小さな身体に大きな切り傷がばっさりとつけられた。
それでも彼女は止まらなかった。正面衝突を避けた僕を逃がそうとせず、腕を伸ばして服の袖を掴んだ。そのまま勢いに乗って引っ張ってきたものだから、僕はそのまま引き倒されてしまう。
もちろん、そのままやられるつもりはない。剣で少女の腕を切りつけ強引に剥がした上で、彼女の襟を掴み返して、近くにあったテーブルに思いっきり叩きつけた。
生者ならそれで無力化できるか死ぬはずなんだけど、死者には無関係らしい。何度か叩きつけた後もこちらに腕を伸ばして掴もうとしてくる。
少女の体を床に投げ飛ばして、肩に剣を突き刺す。もう片方の腕もまだ動こうとしているために、掴んで捻り上げた。体重をかければ嫌な音と共に折れたらしい。さすがに動かせなくなったのか、床に横たわってジタバタ暴れるだけの肉の塊になった。




