5-32.夜でもゾンビ
けれど患者は暴れはしなかった。それに肌には生気がなくても、目はギラついていて死人ではないとわかった。
それはそれで、正気なのか怪しくて怖くはあったけど。
「ごめんなさいね。お客さんがきてるから、ちょっと待っててね」
アカナの言うことに素直に従って、店舗の隅へ行く。足取りはしっかりしているな。けれど、全体的に様子がおかしい。落ち着かないというか、アカナの方をチラチラと見ていて何かを期待しているような。
彼女はゾーラの方に戻って耳打ちした。
「ひどい病気なのよ。薬がなきゃ生きていけない。切れかけたから、慌てて来たのね」
「そうでしたか」
そんな強力な薬をここでも扱っているのかな。あるいは、ここしか頼る所がなかったとか。アカナはそういう人に手を差し伸べられる人ではある。
男の様子は気がかりだけど、納得したゾーラは明日も来ると言って薬草屋を出た。
――――
アリンガム邸に戻った僕は部屋に引きこもることにした。サイラスたちが褒め称える言葉をかけてくるの避けるためだ。
褒められるのは嬉しいんだよ。でも裏にある意図が見え透いて、なんか嫌だ。別にソフィのことは嫌いじゃないよ。魅力的な女の子で間違いないよ。
でも、僕と結婚はありえないんだ。
疲れているのもあって、礼服を脱ぎ捨てて楽な格好になりベッドに横になる。すると。
「お疲れ様です! ヨナ様!」
ティナがやってきて、ベッドの上で正座して僕の頭を膝に載せた。
「え、なんで」
「お疲れでしょうから! こうした方がよく眠れるでしょう!?」
「確かに気持ちいいけれど。でも悪いよ。ティナだって戦って疲れたでしょう?」
「わたしはいいんです。さあさあ! 眠ってください!」
「眠れって時の言い方じゃないんだよ。騒がしすぎる」
「ふふっ。すいません。では、こちらはどうでしょうか」
僕の頭を撫でて子守唄を歌うティナ。心地よいのは本当で、気づけば眠りに落ちていた。
本当に疲れていたんだろう。戦いではない。貴族の娘たちに言い寄られることへの精神的な疲れだ。嫌な体験じゃないのは確かだけど、楽しくはなかった……。
目覚めれば、外はすっかり暗くなっていた。翌朝にはなってなかったのか。眠りに落ちたの、早い時間だったものな。
ティナはさすがにずっと膝枕をするわけにはいかなかったのか、彼女自身も僕の隣で抱きしめるように眠っていた。片腕を伸ばして僕の頭の下に敷き、こっちを枕にしている。
アンリとキアも別のベッドで寝ている。ゾーラもいつの間にか戻ってきたのか、ソファに突っ伏すように寝ていた。ちゃんと横になった方がいいと思うよ。
夕飯もそういえば食べてない。猛烈に空腹を感じた。お茶会でも、食事なんかロクにできなかったからな。
誰かが部屋に運んでくれとお願いしたのか、テーブルの上に料理が置いてあった。食べようとしたその時に、ドアがノックされた。
「ヨナ様、いらっしゃいますか?」
サイラスの声だ。音が大きかったのか、みんな目覚めてしまったようで起き上がりだした。
寝たふりでやり過ごすのは無理だな。
「どうしましたか?」
「昼間現れたゾンビですが、彼の家族のゾンビも出現しました。大通りで暴れたそうです」
「え?」
大した話題じゃないなら扉越しの会話で終わらせようとしたけれど、大した話題だった。あの巨漢の家族は、妻と娘と母親だっけ。
「暴れたのは母親のゾンビだけです。残りのふたつの遺体は行方不明。道具屋の裏手にリヤカーが放置されていて、遺体はそこに乗っていました」
「リヤカー?」
「はい。持ち主を調べた所、盗品のようでした。周辺の住民に話を聞いたところ、怪しい男がリヤカーを引っ張っていると目撃者がいました。身元を追っている所です」
怪しい男か。そいつが犯人なのかな。
「ゾンビによる被害は?」
「周囲の住民に取り押さえられて無力化されたので、軽傷者が数人いるだけです」
「そうですか」
それは良かった。
問題は、新たなゾンビ被害が出たということ。昼間、スレンディル家の庭師が兵士に突き出されたけれど、その後も事件が起こった。
庭師は、過去に悪事をしていたという噂と、屋敷に出入りできて押印を偽装できるという推測から捕縛された。事件に関与している可能性は低い。
「あの庭師はどうなりますか?」
「それはなんとも……。こちらが関われる問題でもないですし、犯人の仲間の可能性はあります」
「そうですか……」
かわいそうだと思うけれど、こちらからは何もできないな。
サイラスが来たのは別の要求があるからで。
「行方不明の遺体はまだ二体あります。市民は不安がっています」
「つまり?」
「ヨナ様に周囲の警備をお願いしたいのです。市民を勇気づけたいのです」
「明日にですか?」
「今夜です。お忙しいとは思いますが、どうかおねがいします。お休みはされたと思うので」
そりゃ寝たけどさ。ちらりと、テーブルの上の食事を見る。こっちの方が問題だ。
でもサイラスも心から願っている様子。本気で困っているのなら、無視はできない。
「わかりました。行きましょう」
返事をすると同時に、背後でみんなが準備し始めるのがわかった。けど空は暗い。
「みんなは待機してて。僕だけで行く」
「でも。ヨナ様は」
「大丈夫。ちょっと見回りに行くだけだから」
「わたしは行くわ! ヨナも馬に乗ってなきゃ格好がつかないでしょ? もふもふはわたしがいないと言うこと聞かないんだから!」
「あー。うん。お願い」
アンリだけ同行者に選ぶ。もふもふが必要なのは確かだしね。アンリはどちらかといえば、英雄ごっこがしたいのだろうけれど。




