5-16.ヴァニア
「あの。師匠。話が盛り上がっている所で申し訳ないのですが、そろそろ行かないと」
すると、ある人物がアカナに声をかけた。
いきなり出てきたように思えたけれど、ずっとアカナの後ろに控えていたようだ。久しぶりに再会した弟子と、主に僕のことで話が盛り上がっているいるのを、所在なさげに聞いていた。
ゾーラと同じく、この老婆を師匠と呼んだ。
見れば、ティナやキアと同じくらいの年齢の少女だ。長い髪は燃えるような赤毛。
「ああ。ごめんね。つい長話を。歳を取るとこうなっちゃうのね。行きましょう」
「師匠。この子は?」
「ヴァニア・スレンディル。あたしの旦那の孫よ」
つまり、今のスレンディル家当主の娘か。
「あたしの孫と言える立場じゃないけどねぇ。すっかり仲良くなった。貴族の暮らしがどうも窮屈だってことで、勉強を放り出してあたしの店の手伝いをしているのさ」
「だって家庭教師の先生の授業、つまらないもの。師匠から勉強を教わった方が楽しい。薬学と歴史学も面白いし」
「この調子だよ。嬉しいこと言ってくれるじゃないか。田舎だから王都の学校に行かせるのも大変だし、家庭教師も肌に合わないんじゃ、あたしが勉強教えるしかないね」
アカナは王都の学者だから、家庭教師の代わりにはなる。家がそれを認めてくれているのだろう。
「ヴァニアには将来、貴族のいい人と結婚して、貴族の娘らしい人生を送ってほしいんだが。そこは嫌と言って聞かないのが困りものだけどね」
「だって。貴族の暮らしとかつまらないし。わたしも師匠みたいな学者になりたい。それか薬草屋を継ぎたいの」
「尊敬してくれるのは嬉しいのよね」
困ったような、けれど嬉しさは隠せないって様子のアカナ。後から祖母の座に入り込んだ女を、ヴァニアは受け入れて仲良くやっているということか。
ふたりを見つめるゾーラも微笑ましそうだった。
そのまま並んで移動する。アカナが呼ばれたのは、ゾンビになった一家の家とのことだ。この近くにあるらしい。
ゾーラとアカナは先頭を歩き、思い出話に花を咲かせていた。そしてヴァニアが、僕の隣を歩いている。そしてこちらを見つめていた。
「やっぱり気になりますか?」
見かねたティナに声をかけられれば、ヴァニアはにんまりと笑って。
「はい。すごく。だってジェイザック様に本当にそっくりなんですもの。生まれ変わりって噂が立つのも納得ね」
思っていることを素直に口にしているって様子だ。そして僕を見つめ続けていた。前を見ないと危ないよ。
「ご存知だと思いますけれど、彼は生まれ変わりではありません」
「ええ。知っているわ。けれど、そんなことどうでもいいのよ。ゾンビ騒ぎで町が大変な時に、英雄のそっくりさんが現れた。それで十分」
「十分、とは?」
「君をこの町から出さないようにするのに」
ヴァニアはまた、口角を大きく釣り上げて笑ってみせる。不気味な笑顔に、ゾクリと背筋が寒くなる。
こちらの恐怖にヴァニアは無関心で話を続けて。
「あなたが旅人として町に来たことはみんな知っている。つまり、いずれ出ていくってこと。そんなこと、誰も許さないわ。ゾンビの事件が解決したとしてもね。なんとしても、あなたを町に縛り付けようとする」
「そんなこと、許すつもりはない。僕はいずれ町を出る」
「いいえ。出られない。町の門番に、今頃命令が出てるはずよ。ジェイザック様にそっくりな子供は出さないようにって」
「……」
僕が町に閉じ込められる、か。
だとしても出られるさ。僕はヨナウス王子が探されてる王都から脱出したこともある。
あれは有力貴族であるガリエル公爵の支援あってのことで、この町ではそれほどの後ろ盾はないとも知っているけど。
そこまで考えたところで、僕はヴァニアの言うことを真実と受け入れていることに気づいた。この町ならやりかねないと。
本当にそうなのだろう。
「理由をつけてあなたを町に留めて、そして有力貴族の娘と結婚させる。ジェイザック様の血よ? みんな欲しいに決まっているわ。そして町の象徴。生きた英雄として祀り上げる」
「僕が結婚?」
「そう。英雄がいる町として、ここはもっと活気づく。町は発展していくでしょうね」
貴族たちの狙いはそれだ。僕を手に入れた家は、町の中で町長以上に存在感を増す。権力も同等だ。民衆の支持を得るとはそういうこと。
僕は町の権力闘争の道具として見なされているらしい。
絶対に嫌だけれど。そんなことになったら評判が王都にまで流れることだろう。建国の英雄の生まれ変わりを、王家が放っておくはずがない。父は僕との対面を望むだろう。
殺すチャンスと言えるかもしれないけど、その後のことが面倒すぎる。もっと状況を選びたい。
「ただの旅人のヨナくん。あなたにとっても良いことでしょう? 貴族になって贅沢な暮らしをして、誰もがあなたを尊敬する。素敵な暮らしだと思わない?」
ジェイザックとして生きるのと引き換えなら、嫌だな。好きでもない女と結婚する気もない。
「ねえヴァニア。貴族の娘と結婚って言ってたよね?」
「そうよ。貴族はみんな、年頃の娘にそうするように言ってる。娘の方も乗り気でいる」
「ヴァニアもそうなの? 町で二番目に偉い家の娘も、僕を狙ってる?」
尋ねられてようやく、ヴァニアは真顔になった。それから少し返事を考えてから。
「ないわ。わたしは貴族なんかになりたくない。師匠から薬草を学んで店を持つの」
「へえー」
それは本心なのかな。
「じゃあヴァニア。君は僕の味方になれるってことだね。僕が人知れず町から出る手伝いをしてくれない? 僕は貴族の暮らしなんか興味がないんだ」
「……」
返答に困ってしまっている。そんな人間がいるなんて、彼女の常識ではありえないのかな?
「それは、できない」
苦々しい顔のヴァニアが絞り出すような声で返事した。




