5-6.ゾンビ
こんな奇妙な状態の人間を、この男は恐れながらも認知しているようだ。逃げた市民たちも、それが恐ろしい怪物だと知っているから逃げたという様子だし。
ゾンビとやらは、この街では知られた存在らしい。
「死体が、生きてる……ひぃぃっ!? ま、まさか幽霊とか、そんなのではないですよね!?」
「わからないけど」
「違うって言ってくださいヨナ様!」
「無茶言わないでよ」
相変わらずティナは幽霊が苦手らしい。けど、ゾンビについて何も知らないのに、何か言う事はできない。
とにかく、眼の前の状況を放ってはおけない。あの女には何の縁故もないけれど、それでも死なれると気分が悪い。男の方は、あれは攻撃して大丈夫なものなんだろうか。動いてはいるけれど見るからに死んでいるし、攻撃して傷つけても問題ないと思いたい。
前に踏み出して、男に突っ込んでいきながら肩からぶつかる。向こうの方が体格は上だけど、こっちも遠慮なしで激突したから、さすがに向こうもよろけた。僕もちょっと弾き返されて、危うく転びかけたけれど。
男の腕が緩んだのか、女が地面に落とされて崩れ落ちた。激しく咳き込んでいるから死んではいないはず。
「逃げて! この人はなんとかする!」
なんとかって、具体的にどうすればいいんだろう。飛び出した自分でもわからないけれど、男はこっちに目を向けた。僕もまた女と男の間に身を割り込ませる。
「こっちです! 今のうちに逃げましょう! ヨナ様気をつけてください! あー、えっと!、危なそうなら助けますから! でも頑張って! 出来ればわたしも逃げたいです!」
「震えながら助けるって言われても格好つかないわよ」
女と、ついでに腰を抜かしていた男を、ゾーラたちが引きずって離している。ティナはその場で立ち尽くしているだけだ。
僕はといえば腰の剣を掴んでいつでも抜けるようにした。けれど男の方が早く手を伸ばしてくる。
一歩後ずさりながら動きを見る。遠慮とか手加減とかを一切感じさせない動きだ。本気でこちらを殺そうとしている。動きは素人のものだったけれど、勢いは十分だ。
伸ばした腕が僕の喉を掴もうとして、届かず空を切る。男はさらに前に踏み込もうとしたけれど、彼の足に闇の蔓が絡みついた。
いいぞ。このまま足を止めたまま、兵士が駆けつけるのを待てばいい。あとはそっちに任せるべきだ。
そう思った直後。
「あ。駄目。引きちぎられる」
「え?」
確かに蔓が足元でブチブチと千切れていくのが見えた。自分の体に傷がつくのを厭わないくらいの全力で動けば、確かにこの拘束は外れる。
実際、蔓が男の足首に食い込んで傷を作っているけれど、彼は気にしていない。痛みも感じていないらしい。
ゾーラがすぐに、より太い蔓を生やそうとしているけれど、それより先に男がこちらに駆け寄ってきた。
僕はすかさず剣を抜いて斬りつける。男の喉をざっくりと切り裂いた。首の半分くらいが切断されたはずなのに、男は止まらず僕に激突。
「ぐあっ!?」
「ヨナ様!?」
剣を取り落とした僕は、背後にあった建物に突っ込んでしまう。何かの店だったらしい。商品を載せていた台の上に倒れて、勢いのせいもあってそれを壊してしまう。
破片が顔に巻いていた包帯に引っかかり、起き上がった拍子に破れてしまった。
台を支えていた足が折れて転がっていた。木の棒だ。
すかさずそれを掴んで、男を見る。奴はなおもこちらに手を伸ばしてきた。
こいつは死んでいる。だから急所を攻撃しても意味はないのかもしれない。喉を切っても動くなら、頭を潰したり心臓を突き刺しても動き続けるだろう。
だから攻撃すべきは四肢だ。
伸びてくる腕を避けてそこに向けて剣を振る。男の肘のあたりを聖剣となった剣が両断。
死んで心臓が止まっている体からは、血が勢いよく流れるなんてことはなくて、タラタラと控えめに滴り落ちるだけ。
腕の分軽くなった男に体当たりして、店の外に押し出してから、さらに棒を振る。男の肩から先を両方とも切り落とした。
彼はなおも戦意を失っていないしく、まだ動く足で蹴りかかってきた。動き自体はぎこちない素人のもので、足首を掴んで引っ張ることは容易くできた。
ひっくり返った男の体に、闇の蔓がいくつも巻き付く。今度は引きちぎられないよう、太めのを何本も。それだけゾーラは集中力を保たなくちゃいけなくて大変だろうけど、もう大丈夫そうだった。
馬の蹄の音が聞こえる。鎧の擦れる音も。町の兵士たちが駆けつけて来たのだろう。引き下がった僕の代わりに、男を拘束した。ゾーラも蔓を解除して一息つく。
市民たちも、逃げ回るのはやめて僕の戦いを遠巻きに見るのに切り替えたらしい。どうやらゾンビが暴れているのを止めている少年がいるらしいと。
彼らも兵士の到着に安堵したような声を上げる。
それから、誰かが声を上げた。
「見ろ! あの子を! ジェイザック様にそっくりだ!」
そうだった。包帯が破れて、いつの間にか解けていた。僕の顔を市民たちはしっかりと見ている。
ざわめきが広がっていった。
「本当だ! さっき広場にいた子だ!」
「見れば見るほど似ている……」
「わたしたちのためにゾンビを倒してくれたの?」
「この町の危機を救いに復活したんだ!」
「持っているのは、ただの棒切れか?」
「だがあれで、ゾンビの腕を切り落とした! 俺は見た!」
「まるで聖剣じゃないか」
「やっぱり本物のジェイザック様なんだ!」
「英雄ジェイザック様! 万歳!」
口々に勝手なことを言う。何人かは僕に駆け寄ろうとして、兵士に止められていた。その兵士も、僕のことは興味深そうに見ていた。




