4-23.仮面にお絵かき
こういう混沌が、全てを受け入れて恵みとして返す森のあり方に通じるらしい。
「ヨナの被る仮面も、こんな感じになるのかしら」
「そうなると思うけどね。後で無地の仮面、買ってこないと」
「今から買ってきても良いと思いますよ。セイホラン様を彩るついでに、ヨナさんのも描いちゃいましょう」
「いいの? じゃあ買ってこようかな」
「あ、ヨナ様はここにいてください。わたしが買ってきますよ」
「え? でも僕がつけるものだし」
「いいんじゃないですか? 確かに男性が使うものですけれど、女性も男性からの祝福と告白を期待するものなので。女性が意中の男性に仮面を贈ることはよくありますよ」
「そうなのですか! 良いことを聞きました! よし! 行ってきます! ヨナ様は待っててください!」
聞いた途端にティナが駆け出していった。
「あ! 待って! わたしも買う!」
「あんたひとりだけ抜け駆けなんかさせないわよ!」
アンリとゾーラも追いかけていく。騒がしいなあ。
「キアは追いかけなくていいの?」
「アタシまで行くことないだろ。ヨナに抱きしめて欲しいとか思ってねぇし」
「抱きしめられたくない?」
「嫌ってわけじゃないけど。なんというかこう、色恋の話はわかんねぇ。酒を飲んで楽しむことにする」
「程々にね」
「男と女でいちゃつくのも、程々にすべきだぜ」
キアが呆れながら言った。確かに準備会の面々を見ると、そういう雰囲気はあった。
仲睦まじげに、男女で並んで作業するカップルがいたり、ひとりの女の子の気をひこうと複数の男が言い寄る光景があったり。
お互いに意識しあってはいるけれど、一歩が踏み出せないって様子でチラチラ見つめ合う男女がいたり。
「面白いとは思うし、好きだって言うチャンスになる祭りなのもわかる。ま、アタシには関係ないけどな」
「キアは誰かを好きになったりしないの?」
「好きになるって気持ちが、よくわかんねぇ。今はヨナたちと、旅をしていろんな場所に行くことが楽しいんだ。その中で、好きになる相手が見つかることもあるかもな。けど、先のことなんかわかんないんだから、今を楽しむのが一番だ」
「良いこと言うね。酔っ払いなのに」
「今は酔ってねえよ。それより、あれ」
キアがリーサの方を指差した。ジェゾと並んでセイホランの顔にインクをぶちまけている。
ふたりとも楽しげな笑顔で、親密さが伺えた。
「あのふたりも、祭りで恋人になるかもしれねぇな」
「既に恋人なのかもよ?」
「後で訊いてみるか」
「やめておこう。プライベートすぎる質問になる」
「そうか? そうかもな。見てればそのうち、わかるだろうし」
「ヨナ様ー! お待たせしました!」
ティナたちが帰ってきたようだ。全力で走ってきたのか、みんな少し息を切らしている。
「はいどうぞ! 三人で買いました!」
と、ティナが無地の木製仮面を手渡した。
「ありがとう。じゃあ、色を塗るね」
「さすがに、三人で別々に買うことはなかったかー」
「それはちょっと考えたんだけどね。ヨナくんが困るかと思ってね」
「考えはしたのかよ」
さすがに僕も、仮面を三つ被るのは無理だ。
ティナたちの会話を聞きながら、絵筆を手に取りインクに浸す。そして。
「……」
「どうされましたヨナ様。動きが止まっていますけれど」
「絵って、どうやって描くんだろう。こういうことやったことなくて。わからなくて」
「そんなの簡単よ! 思いものままに描けばいいのよ!」
「最初に全体の構図を考えるの。こうなれば素敵だって仮説を立ててから実証に移るのよ」
「なんかこう、ガーって描いてしまえばいいんだよ」
みんなのアドバイスが、全く参考にならない。
そんな中でティナは、僕に歩み寄った。
「街で見かけた仮面や、今作られているセイホラン様の顔を見てください。特に意味がある模様が描かれているわけじゃないですよね。ああいうのでいいんですよ」
「他の例を参考にするの? でも、ぐちゃぐちゃで参考にならないというか」
「意図してぐちゃぐちゃにするの、難しいですよね。まずは好きな色を決めて、全体的に模様を描く。どんな模様かはデタラメで構いません。とりあえず仮面の上に筆を置いて、線を描く」
言われたとおりにやってみた。デタラメな線が出来た。
「次に別の色を使って線を描く。気が向いたら、丸とか三角とか、大きな点を描いてみたり。仮面に向けてインクの飛沫を飛ばしてみたり。思いついたこと、全部やっていけばいいんです」
ティナが具体的なやり方を教えてくれたから、その通りにやってみる。するとだんだん、楽しくなってきた。
気がつくと、それっぽい仮面が完成していた。
「お上手です、ヨナ様」
「ティナのおかげだよ。ありがとう。僕、こういうの得意じゃないっていうか、本当にやったことがないから」
「これからやっていきましょう。せっかく実家から解放されて自由になったのですから。今まで出来なかったことも、やってみましょう」
「うん。そうだね」
それは、とても素敵なことに思えた。
「なによ。ティナだけヨナと仲良くして。ずるいのよ。わたしのアドバイスも聞けばいいのに」
「あたしの言うこと、ヨナくんには難しかったかしら」
「ふたりとも、ヨナのこと見てなかったんだよ。ヨナのためにアドバイスするにしても、自分の言いたいことしか言ってなかった。ティナはヨナがどうすればいいか、考えて言ってた」
「なによ。キアだけ自分はわかってますみたいなこと言って。キアの言ってたことだってヨナは役に立たなかったわよ」
「まあな! ティナはすごいって話だな」
「はい! わたしヨナ様の近衛兵なので!」
「うわあっ!?」
ヒソヒソと話していたみんなの前に、いつの間にかティナが来ていた。そして得意げに胸を張る。
「近衛兵なので!」
「繰り返さなくていいから。ていうか、近衛兵だからなによ」
「ヨナ様のこと、誰よりも真剣に考えているんです! えっへん!」
「それは偉いと思うけど、すぐに得意になるのはどうかと思うわ」
「良いところ見せたと思ったら、馬鹿なところも見せられるのよね」
「胸を張ると、真っ平らなのがよくわかるよな」
「なななっ!? なんですかみんなして! わたしのこと馬鹿にしないでください! ヨナ様あっち行きましょう! ほら! なんか楽しそうなことしてますよ! 布にインクをぶちまけています!」
「準備会の人たち、大きな布にチマチマ色を塗るのに飽きたんだろうね。豪快に行きたいんだ」
「わたしたちも参加しましょう!」
「うん。ねえティナ」
「なんでしょうか!?」
「ティナがいてくれて、本当に嬉しい」
「……はい!」
準備会の人たちの方に並んで向かう僕とティナ。彼女はそっと、こちらに寄り添った。




