4-11.狼の神殿
となれば次は。
「ホラン様の顔を見ておかなきゃね」
老婆の拘束を解いたゾーラは、疲れたのか地面に座りながら言う。
「うん。そもそもの問題を解決しないと。ゾーラは立てる?」
「ええ。少し休んだらね。相手は異能者。どんな敵かわからないけど、放置はできない」
「そんなに強くはないと思うよ。街の外から人が来るとわかった途端に逃げるような人だし」
「それもそうね。でも油断はしないでね」
「わかってる」
というわけで、五人と一頭でホラン様のいる場所へと向かう。
村から少し行った箇所に家屋を建てさせて、ホラン様はそこに住んでいるらしい。
離れた理由は外の人間を恐れたからだけど、村人には別の理由を話したらしい。本来ならば神は人間とは同じ場所にはいてはいけないとか。
だから木造の神殿を作らせた。あるいは大きな祠や社と言うべきか。
たしかにホラン様からしても、人間と共に生活していれば、いつかは同じ人間だと意識されてしまいそうだ。離れて暮らした方が神秘性は保てるし、村人からしても神を遠ざけられる。捧げ物の中抜きも出来てお互いに利がある。
そんな神殿へ続く道は、一見すると道があるようには見えない。キアは平然と歩いてるけれど。
「キアさんよく迷わず歩けますね」
「道があるからな」
「ないですよね?」
「見えねぇか?」
「見えません。キアさんには何が見えてるんですか」
「周りと比べて草が低いとか。木の枝の生え方とか。ほら見えてきた。あれが神殿ってやつだろ」
本当に目的地に着いてしまうのだから、さすが森に住んでいただけのことはある。
森の奥に建っている木造の建物は、村にある家々を少し大きくした程度のもの。少し広い一階建てだ。窓がないあたりは、普通の家よりも簡素な作りと言える。屋根は真っ平らで、雨が降れば水が溜まりそうだ。
長いこと手入れされていないって様子で、汚くて壊れている箇所もあちこちあった。
放っておけば雨風による侵食で朽ちて、自然に倒壊しそうだ。
みすぼらしすぎて、これを神殿呼ばわりするのは、ちょっと大げさすぎる。
「村人の手作りなんでしょう? 森を切り開いて土地を作る所から始めなきゃいけなくて、労力はかかるしね。王都にある大聖堂みたいなのを作れるわけがないわ。中に入る?」
「いや待て。様子がおかしい」
木の陰に隠れて様子を伺っていると、キアが静かに告げる。
「狼の臭いがする。村からこっちに来るごとに、どんどん強くなっていく」
「え?」
「ここ、狼の住処になってないか?」
「ここにはホラン様がいるはずでしょう?」
「あ、ヨナ様あれを」
ティナに指さされた方を見る。茶色いウサギの死体を咥えた狼がのそのそとやってきて、建物の陰に消えていった。
「子供の狼に獲物を持ち帰ってる時の動きだ」
「つまり、えっと?」
「神殿の中か裏に狼が住み着いている。人がいる建物で、こんなこと起こるか?」
「起こらない、と思う」
「あの狼、これまであたしたちを襲ってきたのと同じかしら?」
「ああ。そう見える。デカいな」
この近隣で噂されていて、ザサール夫妻が護衛の数を増やそうと決めた要因。商人が消えるという噂と、凶暴な狼の頻発。
商人が消えるのは村のせい。狼の頻発も、それと無関係ではなかったのか?
「嫌な予感がするわ。行きましょう」
「い、行くって。つまりどういうことでしょうか!?」
「あの狼を蹴散らして、建物の中を見るのよ」
「よしやろう。アンリ、先陣をお願いできる?」
「わかったわ! もふもふいくわよ!」
指示を受けたもふもふは、大きく嘶きながら突進をかけた。その声に狼たちは気づいたようだ。建物の陰から数体が出てきた。
建物の中からも数十体出てきた。
「思ったより多いな」
「そうね。倒し甲斐があるわね」
「そうだね。行こう」
「あの! あんな数の狼にこっちから手出しするとか! 良くないと思うんですけど! もちろんヨナ様の方針なら従いますけど! ああ待ってください置いてかないで! ひえー! こっち来た!?」
騒がしいティナに向けて複数の狼が迫ってくる。僕は地面に落ちていた木の枝を拾って振り、そのうちの一頭を真っ二つにする。
ティナも騒いでいる割には冷静で、飛びかかってきた一体を回避しながら、別の一体は剣で叩き落とした。殺すまでは行かなかったようだけど、不自然な着地をした狼の足を踏んで折った上で、さっき回避した狼に斬りかかる。
「わたしだって! やる時はやるんですから! とりゃー!」
そんなティナの戦闘を頼もしく思いながら、自分に迫る狼に向き直った。
狼を数体、ひと振りで斬り捨てて見せる。仲間をやられた狼は無計画に突っ込んでくるのは危険と判断したらしい。唸り声を上げてこちらを睨むだけ。
確かに、跳びかかってきても殺されるだけ。でも止まっていれば無事というわけでもない。
狼の足に地面から生えた黒い蔓が巻き付く。狼もすぐに気づいて声を上げたが、もう遅い。僕の方から接近して、木の棒で下からすくい上げるように斬る。普通の剣ならば斬れる振り方ではないけれど、聖剣の力を宿した枝は狼の体をあっさり真っ二つにした。
「あはは! やっちゃえもふもふ! みんな蹴散らしちゃえ!」
アンリに動かされているもふもふは、狼たちを容赦なく蹴飛ばしていった。狼よりも大きな馬は力も強く、正面からぶつかれば狼に何かしらのダメージを与えられる。それこそ足を折るとか。
そこに上から容赦なく矢を浴びせかけるわけで。狼は次々に無力化されていった。」
「に、逃げるなら今ですよ! 出来れば戦いたくないので! どうしてもと言うなら戦いますけど! 威嚇で逃げてくれるならそれが嬉しいです! がおー!」
ティナも剣を振り回しながら突っ込んだ。これでちゃんと戦えてるのだから、すごい。
あれだけいた狼は、みるみるうちに数を減らしていく。残った狼も森の方へと逃げていった。
「これで全部倒したかな?」
「この中にも狼がいるかもしれないぜ。物音は聞こえないけど」
いつの間にか建物屋根の上に登っていたキアが頭上から声をかけた。屋根に耳をつけて中の音を聞いてから、バンバン叩いて音と振動を与えた。中に狼が隠れていれば、それで出てくるはず。ところがその気配はなかった。
「頭のいい狼が息を潜めてるかもしれないから、注意はするべきだけどな」
「わかった。入ろう」
「おう。アタシが先頭でいく」
降りてきたキアがナイフを片手に、ゆっくりと扉を開ける。長年手入れをされていないのか、ギイと軋む音がした。中で動きはない。




