3.星の乙女の戴冠式
本日三話目の投稿です。
よろしくお願いします。
今日は特別な日を祝うため、人々は王城に集まっている。そのせいでいつも賑やかな平民街が、ガランと静まり返っている。日常の活気を失った街は寂しくて、このまま廃れてしまいそうな不安が湧いてくる。
王城で国を挙げて祝われるのは、第一王女殿下の誕生日だ。それもただの誕生日ではない。十六歳を祝う誕生日だ。
アーバスノット国は十六歳で成人を迎える。貴族は家も継げるし、結婚もできる。貴族だと学校に通っている者が多い年齢だが、平民であれば仕事をしている者が多いので独り立ちとして祝われる。十六歳の誕生日は、家族にとってそれだけ大事なお祝いなのだ。
もちろん、アリーチェは祝われなかったが……。両親は第一王女の誕生日を忘れることは無いが、アリーチェの誕生日は覚えているかも怪しいのだから仕方がない。
今日のこの日のために王城入り口の広場が解放され、平民も中に入ってお祝いに参加ができるのだ。そんな生で第一王女を見られるイベントを、アリーチェの両親が見逃すはずがない。今日も朝から王城前に並んで、場所取りに余念がなかった。
国民の正直な気持ちとしては、大嫌いな王女のお祝いなんかしたくもない。王家もそれが分かっているから、今日のイベントには『星の乙女』の戴冠式も含まれている。
戴冠式があるのならば、誰もが王城に足を運ぶ。国民はこの戴冠式を見るためだけに、第一王女の悪行を我慢してきたと言っても過言ではないからだ。
人集めに必死なのは、王女の誕生祭に婚約者が出席している事でも分かる。王女の婚約者である公爵は優秀な騎士で、それはそれは見目麗しい。公爵見たさで、王都の近隣からも女性が集まるはずだ。
平民街の住人には、強制的に出席が課せられている。アリーチェも行かないといけないと思うのだが、足が重い。
両親があれだけ自分そっちのけで、王女に入れあげているのだ。何故自分が王女を祝わないといけない? と思ってしまうのも仕方がない。
このまま明日の仕込みでもしてしまおうかと思っていると、パン屋の扉がノックされた。
(やばい! 人を集めるために、護衛兵や警邏が見回りに来るって本当だったんだ。どうしよう……)
アリーチェが息を潜めていると、「アリーチェ、大丈夫だ。俺だ、カイルだ」と聞き慣れた声が聞こえてきた。アリーチェの気持ちを察したカイルが、迎えに来てくれたのだ。
「やっぱり、まだここに居たね。そろそろ警邏が見回りに来るから、このままでは怒られてしまうよ。一緒に行こう」
カイルはニッコリ微笑んで手を差し伸ばしてくれるが、この前のこともあり、アリーチェは手を取ってもいいものなのか悩む。
(勘違いされて文句を言われるのは慣れているからいいんだけど……。カイルだって私に好かれているなんて噂は迷惑だろうし……)
カイルが悲しそうにアリーチェを見る。
「ドレイルさんから聞いたよ。アリーチェに文句を言ってきた娘達には、きつく言っておいたから安心して。俺も、親父も、商会の誰もがアリーチェのことが好きだよ。誰も迷惑なんて思っていない。アリーチェがあの馬鹿女達に言われたことを真に受けて勘違いしているなら、俺達は悲しいよ」
(カイルらしからぬキツイ言葉が吐かれた気がするが、そこは聞かなかった事にしよう。重要なのは、迷惑をかけていない事だ)
カイルの言葉に安心したアリーチェは、ニッコリと微笑んでカイルの手を取ることができた。
その笑顔を見たカイルは真っ赤になって「まぁ、アリーチェのことを一番好きなのは俺なんだけど。嫁にも来て欲しいし……」と小声でブツブツ言っていたが、扉の閉まる音でアリーチェの耳には届かない。
二人が着く頃には、王城から人があふれ出ていた。
これでは中には入れないかと思ったが、事前にカイルが話をつけていて随分と前の方に行くことができた。さすが商会長息子は顔が広い。
王城の門を入った所にある広場は、普段は端がどこなのか見渡せないほど広い。その広い広場一面を青々とした芝生覆い、奥に聳える白亜な王城を引き立てている。
それが今日は、端から端までぎっしりと人で埋まっている。見えるのは人の頭ばかりで、芝生の色など全く見る事はできない。
そんなひしめき合う人々の中心に、今日のために作られた舞台が置かれている。円形の舞台は、百八十度取り囲めるようになっている。
その舞台の中央に真っ白なドレスを身にまとった、ピンクブロンドの少女が手を振りながらくるくると回っている。
少し吊り上がった桜色の瞳は喜びで輝き、ツンと尖った高い鼻も薄く小さな唇も誇らしげだ。その第一王女の少し後ろに、国王夫妻と王太子と第二王女と白い軍服の青年が立っている。
姿絵では何度も見ていたが、実際に見る王女は街の噂通り品がなく高慢な顔をしている。姿絵とは、随分補正が入るのだなと感心してしまうほどだ。
アリーチェの前には同じ歳くらいの娘が五人いて、全員がうっとりとした顔で公爵に釘付けだ。
「正直、第一王女なんかどうでもいいわよね? 私はウィラード様を見に来たのよ! あぁ、近衛の白い軍服が似合う、似合いすぎるわぁ」
「本当に素敵! あの前髪を後ろに流した、ピシリと整えられた髪も素敵! 整えられた髪で全開になった、おでこさえもカッコいい!」
「さすが、『白い冷徹』と呼ばれるだけあるわぁ。あの不機嫌そのものの冷たい目で睨まれたい!」
「私は何度か訓練を見に行ったことがあるけど、その時はあそこまで不機嫌そうじゃなかったわよ? 第一王女との婚約が嫌で、あんな顔なんじゃない?」
「そりゃそうよ。あんな我が儘女と結婚したい人なんている? 『星の乙女』を守るために、渋々婚約を承諾したのよ。本当のお相手は別にいるって話だし」
「私も、そう聞いた」
「誰から?」
「城の護衛兵!」
「あ! 私も同じだ。騎士団と違って護衛兵は平民が多いし、街でも気楽に声かけてくれるよね~」
「そうそう、私達みたいな平民からしたら一番最高の結婚相手よ! 近衛の白い軍服は観賞用。護衛兵の紺色の軍服こそ身近な王子様よ」
彼女達の関心は、第一王女から護衛兵へと移っていった。
五人の話をポカンとした顔で聞いていたアリーチェを見たカイルはクスリと笑った。
「アリーチェくらいの年の子は、あれくらいが当たり前なんだよ。アリーチェももっと肩の力を抜いて、毎日を楽しんだって誰も責めたりしないよ?」
「楽しむ? パンを買いに来てくれた人の笑顔が見れると楽しいし、孤児院で子供達の笑顔を見ると楽しいよ?」
「……うーん、そういうのではなくて。人が喜ぶから、アリーチェも楽しいとか嬉しいではなくていいんだ。ただ単に純粋にアリーチェだけが楽しくても構わないんだよ?」
「…………」
アリーチェはずっと、両親のため、お客さんのため、孤児院の子供達のため。人のために生きてきた。自分のためだけに何かをしたことがないアリーチェには、カイルの言っている事は難しい話だ。
一生懸命カイルの言葉の意味を理解しようと考えるも、アリーチェにはピンと来なくて悩んだ顔のまま固まってしまう。
カイルはそんなアリーチェの重い前髪に触れ、斜めに流した。目の中心に向かうほどに赤くなる桜色の少し垂れた大きな瞳が現れ、真っ赤な顔をしたカイルがアリーチェの瞳を見つめる。
「いつも一生懸命人の為に頑張るアリーチェは素敵だよ。だからこそ、自分の為に笑うアリーチェを見たい。俺がその笑顔……」
王女の悪口やウィラードの素晴らしさや王家の批判でずっとざわざわしていた広場が、いつの間にか静まり返り舞台に視線が集まっている。
それもそのはずだ。第一王女に『星の乙女』の証であるティアラが戴冠されるのだ。
白く美しい箱の中に入っていたティアラを、物々しい様子で国王が取り出した。大きな真珠をメインにダイアモンドもふんだんに使われた美しいティアラに、ため息をこぼした観客達は見入ってしまう。
国王がもったいぶってゆっくりと、第一王女へと歩みを進める。国王の進む先では、王女が「当然でしょ?」という顔で尖った鼻を上に向けて待っている。
普段ならちょっとやそっとじゃ黙らない平民達が、魔法にかかったように黙って物欲しそうにティアラを見つめる。
その状況が理解できないアリーチェは、一体何が起きているのか分からない。祈りを捧げる構えの周りの様子を、不思議そうにキョロキョロと見回してしまう。
アリーチェが戴冠式の意味を知らないのだと気づいたカイルが、小声で教えてくれる。
「『星の乙女』が、その証であるティアラを身に付けるとティアラが光り輝くんだ。その光を受けた者には幸せが訪れると言われている。だから、みんなその時を待っているんだ」
アーバスノット国の民なら、誰でも知っている事だ。子供を寝かしつける際など建国の神話と共に、親から子へ語り継がれる話だ。そんな当たり前の事もしてもらっていないアリーチェの幼少期を思うと、カイルの心は怒りで膨れ上がった。
アリーチェの前だと言いきかせて、カイルは心を落ち着けようと空を見上げる。
さっきまで青空に白い雲が浮いて穏やかそのものだった空が、分厚く濃い灰色の雲に覆われてしまった。舞台の上に降り注いでいたキラキラとした春の陽射しも雲に隠れ、辺り一面がくすんで見える。
そうなると、さっきまでは白く輝いて見えた王女の白いドレスも、途端に灰色に近い色に見えるのだから不思議なものだ。
自然現象なのだから仕方がないが、お祝いムードも吹っ飛んで何とも重苦しい雰囲気での戴冠式になってしまった。「第一王女の日頃の行いが悪いからじゃない?」という嘲笑のような囁きが、人の輪の中に広がっていく。
そんな周りの状況には気付いていない国王が王女の前に辿り着き、待ちわびていた王女が腰をかがめた。王女のピンクブロンドの上に、ゆっくりと白銀色のティアラが置かれた。
この瞬間を待ちわびていた観客達は、目を見開いて光を待つ。
第一王女に『星の乙女』である証のティアラを載せれば、ティアラが輝いて辺りが光に包まれるはずなのだ。誰もがその瞬間を、今か今かと待っている。
舞台を取り囲む観客達は光を待ち望み希望に満ち溢れていたはずなのに、今は眉間に皺を寄せてざわつき出している。
舞台の上では、誰もが言葉を失っていた……。
第一王女以外は……。
「はぁっ? どういうことよ? このティアラ偽物なんじゃないの? わたくしを陥れるために、誰かが偽物を準備したのよ! 誰よ? すぐに見つけて、連れて来なさい! 死刑にしてやるわ! 『星の乙女』であるこのわたくしの大事な誕生祭を汚した者を、絶対に許さない!」
王女は息継ぎなく一気にそう捲し立てた。白い顔は真っ赤に染まり、淑女の欠片もない様子でヒールを床に叩きつけて足を踏み鳴らしている。
『星の乙女』の証であるティアラは第一王女の頭に飾られたが、光らないのだ。それどころか、真っ白に輝いていた真珠が、みるみるうちに真っ黒に黒ずんでしまった……。
幸せな未来の象徴だったティアラのはずなのに、まるで黒く沈みゆく国の未来を見せられているみたいで不吉だ。
ティアラは真珠だけでなく、白銀色全体に黒さが増していく。それは人々の心にも同様に黒い染みを落とし、じわじわと不安を湧き上がらせる。
観客達から次々と声が上がる。「第一王女は『星の乙女』ではない!」と……。不満が溜まっている分、この現実を前にしたら止まらない。
第一王女の素行の悪さは、『星の乙女』だから見逃されてきたのだ。ティアラの光を受ければ、幸せな未来を約束される。だからこそ観客達は今まで不満を身体に押し込んできた。それが叶わないのなら、もう我慢などできるはずがない。役に立たない第一王女も国王も王家も、みんな要らないのだ。
第一王女を押し潰すほどの黒い罵声が、観客達から湧き上がる。
それを聞いた第一王女はその声に恐れをなすどころか、自分の頭上からティアラをむしり取り床に投げ捨てた。
ティアラは舞台の床の上を跳ね、転がっていく。第一王女は転がるティアラには目もくれず、毒々しく濁った瞳を観客に向け叫んだ。
「黙れ! 取るに足らない平民共!」
観客達の怒りが最高潮に達した時、ティアラに飾られた卵の黄身ほどの大真珠が光を放った。
まるで白銀の道を作るように、光の道は真っ直ぐ伸びる。そして、一人の少女を、その光が包みこんだ。
誰もが声も出せないまま、少女を包み込む美しい光に目を奪われた。そして、その光は次第に輝きを増していった。少女の周りにいた人達が、光の眩しさに後ずさる。
一人ポツンと取り残された少女のもとに、ティアラを持った王太子が歩いてくる。
光るティアラを持った王太子が通れるようにと、観客達が場所を空ける。すると、少女に向かっている光のとおりに、真っ直ぐな白銀の道ができあがった。
その白銀の道を通る王太子は、動揺を隠せず青ざめた表情だ。咄嗟に機転を利かせてティアラを持ってきたが、この先何が起こるのかが全く想像できない。
少女の前に辿り着いた王太子は少しためらいながらも、全く手入れがされていない少女のピンクブロンドの髪にティアラを置いた。
その瞬間、温かく穏やかな白銀の美しい光が、辺り一面を包み込んだ。
観客達がキラキラと輝く優しい光に目を奪われていると、光がキラキラと輝き空へと吸い込まれていく。その様子は美しく輝く光の壁のようで、まるでオーロラでも見ているみたいだ。
白銀に輝く光が空に吸い込まれると、『星の乙女』を拒否するように空を覆っていた灰色の雲が消え、雲一つない澄み切った青空が広がった。
そして白銀の光の粒が、まるで雪でも降っているように降り注いだ。
その日、その光の粒は、王都だけでなく、アーバスノット国全体に降り注いだ。
その様子に誰もが、息を呑むしかできない。
少女の近くにいた者が呟いた。
「第一王女が着けた時は闇に染まった真珠が、箱から出した時より光り輝いている……」
辺り一面を照らすほどの光は今は出ていないが、少女の周りが輝く程度にティアラは淡い光を放ち続けている。
あまりの事態に思わず後ろに下がってしまったカイルが、驚愕の表情のまま呟く。
「……アリーチェ?」
アリーチェも目を見張ったまま、カイルを見つめる。
周りから距離を置かれてポツンと離れ小島になっているアリーチェと王太子の下に、足をもつれさせた二人の男女が亡霊のような顔で現れた。
「そのティアラは第一王女殿下のものだ! お前には相応しくない! 早く取れ!」
そう言ってアリーチェの母親が飛びかかってきたが、光によって弾かれ尻もちをついた。その横に顔色を失ったアリーチェの父親が崩れ落ちた。同時に、抱えていた第一王女の姿絵も地面に散らばった。
光に包まれるアリーチェを前に、父親はブルブルと震え出した。
「……十六年前、誘拐犯が家に来た時に、自分の娘と王女を入れ替えた……」
「あんた、それは……! 違う! 違うんだ! 軍が家に入ってきて、ベッドで寝ている私達の娘を王女だと勘違いした。服はびしょ濡れだったから、娘と同じ産着に変えてあげていた。同じ格好をしていたから勝手に勘違いされただけだ。私達は悪くない!」
母親の言葉は自分勝手で、とても正当な理由とは言えない。あまりにも理不尽な告白を聞いたカイルは激昂して、青い顔が一気に真っ赤になる。
「ふざけるな! そんな言い分が通ると思っているのか! 例え勘違いでも、いくらでも真実を言う機会はあったはずだ! あんたたちは、育てた娘には教育も受けさせず服も買わず働かせ続けた。その娘が稼いだ金で第一王女の姿絵を買って、毎日愛でて一日を過ごしていた。悪意を持って、自分達の娘と王女をすり替えたんだ!」
「髪の色も目の色も同じだった。身体の大きさも同じくらいで、痣や黒子や何か見分けがつくようなものもなかった。生まれたばかりで特徴がそっくりだったから、バレないと思ったんだ。明日がどうなるか分からない平民より、王女様になった方が幸せに決まっているじゃないか!」
「俺達は、親として娘に、最高の幸せを与えてやっただけなんだ!」
「私達の娘が王女でいられるように、本物の王女は目立たぬよう、ばれないように気を付けてきたのに!」
「今まで育ててきてやったのに、どうして私達の娘の邪魔をするのだ!」
十六年間ずっと抱えてきた闇を暴かれた二人は、我を忘れて叫んでいる。
だが、アリーチェには聞こえない。ゴツゴツしているが、大きくて優しい温かい手がアリーチェの耳を覆ってくれたからだ。手の主にお礼を言おうと後ろを振り返ろうとするが、一気に身体から力が抜けていく。
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