表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/32

2.パン屋のアリーチェ

本日二話目の投稿です。

よろしくお願いします。

 平民街で大きな商会を営んでいるカイルの家は裕福だ。父親が平民街をまとめる役である「商会長」の一人でもあり、周りからの信頼も厚い。

 その跡取りであるカイルは、平民街の娘達からすると「一番身近な玉の輿」だ。家が裕福なのに加えて、整った容姿と優しい雰囲気で、街の娘達から常に熱い視線を向けられている。

 その街一番の人気者であるカイルが何よりも楽しみにしている時間が、パン屋を切り盛りする四つ年下のアリーチェに勉強を教えている時だ。


 アリーチェが初めてカイルの家を訪れた時は、椅子も机もガタつかない自分の家との違いに驚いた。落ち着いて周りをよく見れば染みやひび割れ一つない壁に、フカフカの絨毯、家族の笑顔。カイルの家は豊かな上に家族の温かみにあふれていた。部屋にも心にも隙間風が吹くアリーチェの家とは大違いだ。


 アリーチェの境遇を不憫に思っているカイルの母は、少しでも喜ばせたくて美味しそうなお菓子を用意してくれる。アリーチェは目を丸くして喜ぶが、いつだってお菓子よりも勉強に集中してしまうのだ。そんな不幸の中でも腐ることなく努力を惜しまないアリーチェを、カイルの家族は好ましく思って応援してくれている。


 今日も最初に勧められたお菓子を一つ食べただけで、アリーチェはいつも通り勉強に集中していた。

 しかし、いつにも増して青白いアリーチェの顔を見たカイルは、勉強する手を止めて心配そうに眉を寄せた。

「アリーチェ、働き過ぎじゃないか?」

 パン屋を一人で切り盛りしているアリーチェは、一日の内に何度も同じことを言われる。働き過ぎだと思っていないのは本人だけで、街のみんなが本気で心配するほど働いているのは確かだ。

 そして、アリーチェの答えはいつも同じ。

「家にいても何もすることないし、パン屋の仕事が好きだから……」

 そう言って困ったような、楽しいような、曖昧な笑顔を見せる。

「アリーチェは十六歳だろ? 街にいる同じくらいの娘なんて、仕事もそこそこに洋服だ化粧だと騒いでお洒落に大忙しだよ」

 この話の流れもいつも同じ。アリーチェはキョトンとした顔をして、「お洒落なんて、私みたいな者には分不相応だよ」と言ってからからと笑う。


 確かにアリーチェは地味だ。食べ物を扱うからと、最低限清潔さだけには気を付けている。だから身に付けているのは色が抜けて白茶けたワンピースに、茶色いエプロン。今話題の王女様と同じストロベリーブロンドの髪は、色艶はなくパサパサでお団子にされている。肌は白を通り越して青白く、パン作りから材料の発注や売り上げの管理を行う手は荒れ放題だ。美しい桜色の瞳は少し垂れ気味でとても愛らしいのに、目の下まで伸びた長い前髪で隠されている。


「その前髪を切れば? アリーチェの桜色の瞳が見えた方がお客さんは倍増すると思うよ?」

「そんな事でお客さんは来ないけど、確かに前は見えにくいのよね……」

「だったら、切ればいいよ。俺はアリーチェの桜色の瞳が好きだよ」

 カイルにしては勇気を出して想いを伝えた言葉だったが、アリーチェが言葉の意味に気付いた気配は全くない。

 生きていくのに精一杯なアリーチェには、恋愛なんて別次元の話なのだ。それが分かっているから、カイルもそれ以上は何も言えない。


「そう言ってもらえるのはありがたいのだけど……。お母さんから王女様と同じ目の色なんて恐れ多いから、絶対に人前で晒すなって言われているの」

「また? 王女絡みの注意事項が多過ぎじゃないか? 髪だって同じ理由で隠せって言われてるだろ? 背が高いのはみっともないから王女様みたいな小柄になれって、理不尽な理由で猫背にされているじゃないか!」

「お母さんもお父さんも王女様が大好きだから……」

 カイルの怒りに押されたアリーチェは、そう言って困ったように微笑む。この話になると、いつも穏やかなアリーチェの顔に暗い影が差す。


 アリーチェの両親は、第一王女の熱狂的なファンなのだ。同じ時期に生まれた娘に、王女様と同じ『アリーチェ』という名前を付けたほどだ。

 それだけなら問題はないが「どっちがお前らの娘だ?」と周りから小言が絶えないほどに、娘そっちのけで第一王女に傾倒している。その上、髪型や目や背の高さだけではなく、夫婦以外は誰も理解ができない決め事を娘であるアリーチェに押し付けている変わり者だ。


「あの我が儘王女を褒め称える人は、アリーチェの両親しかいないよ。『金使いが荒い』『平民を見下して人間と思っていない』『何でも自分の思う通りになると思っている傲慢王女』悪評は挙げたらキリがない。『星の乙女』じゃなければ、俺達平民だって黙っていない!」

 怒りで机を叩くカイルの態度でも分かるが、アーバスノット国の第一王女はとにかく評判が悪い。その評判の悪さはカイル達平民からだけでなく、城でも皆が手を焼いていると評判だ。


 『星の乙女』は、本来なら国民から歓迎され愛される存在だ。なのに、彼女が完全に嫌われ者なのは、日頃の行いの悪さが桁違いなのを物語っている。

 その批判は王女だけにとどまらず、彼女を甘やかして野放しにしている国王夫妻にも及び、アーバスノット国を背負う王家の屋台骨を崩しかねない状況だ。


 この平民街も数年前に比べれば景気が良くなってきたように感じられるが、まだまだ豊かさには程遠い。

 そんな状況下にも関わらず第一王女は我が儘放題に贅沢をしているのだから、この国の人間はみんな爆発寸前だ。それでも我慢している理由は一つしかない。

 第一王女が、『星の乙女』だからだ。




 アーバスノット国は、遠い昔に星の女神の加護を受けた剣士が王となり、仲間達と共に美しく豊かな大地を守ってきた。

 女神の加護を受けた王の血を引く王家は、神に近い存在として国民から崇められている。王が女神の加護を受けたのは遠い昔なのに、今も尚王家が神のように思われているのは『星の乙女』の存在が大きい。

 なぜなら百年に一度だけ、女神の加護を受けた王女が産まれるからだ。それが『星の乙女』だ。

 『星の乙女』がいる事で、国に対する女神の加護が消えていないと人々は安心する。

 アーバスノット国において『星の乙女』という存在は、それだけ重要なのだ。




 だからこそ、『星の乙女』を貶めるのはタブーなのだ。それでも国民の不満は収まらない。

 だが、アリーチェにとって第一王女の悪口は、両親への悪口と同じ意味合いを持つ。それが分かっているから、カイルも本来聞きたい話に話題を変える。

「ねぇ、アリーチェ、本当に学校に通わないの?」

 聞かれたくない事を尋ねられ身体がびくりと跳ねるのは辛うじて止めたが、瞳が揺れるのは止めることができない。前髪が長いことに感謝しながら、アリーチェは平静を装って決めていた答えを返す。

「私はパン屋の娘だから、学校なんて行く必要ないんだ」

 あたかも自分で決めたように言っているが、「学校に通わせてほしい」と頼んだアリーチェに両親がそう言ったのは明らかだ。


 スラム街や孤児院の子供以外は、平民の子供でも十歳になれば学校に通って読み書き計算程度は習う。

 アリーチェは十六歳だが、一度も学校に通ったことがない。朝から晩まで働きづめで、通う暇がないのだ。それなのに、仕入れや売り上げの計算といった読み書き計算が必要な仕事を任されている。

 アリーチェのおかげで、パン屋には子供一人を学校に通わせる余裕くらいはある。それなのにアリーチェの両親は決して学校に通う事を許さない。


「でも、アリーチェは勉強が好きだよね? 読み書きも計算も、僕がちょっと教えただけですぐに覚えてしまう。こんなに頭が良いのだから、学校で学べばパン屋の仕事にももっと役に立つはずだよ」

「……」

 アリーチェは生まれてからずっと、何でも我慢をするか諦めていた。自分が置かれた辛い状況も、言いたい言葉もみんな胸の奥に呑み込んでしまう。

 そんなアリーチェでも『パン屋の仕事』に役立つとなれば、少し聞く耳を持つ事をカイルは知っていた。パン屋の仕事は両親を助ける事に繋がるから、自分が少しくらい望んでも許されると思っているのだ。だが、今日はそんな様子さえ見せない。


 暗い顔で口を閉じるアリーチェの後ろに、あのダメ親が浮かんで見える。カイルは深くため息をついた。

「おじさんとおばさんに、駄目だと言われているんだね?」

「そんなことないよ! 私が自分で無駄だと思っただけ」

 前髪で目が隠れた状態のアリーチェが、どんな表情をしているのかカイルには見えない。でも、焦った声は『どうして分かったの?』と聞こえる。


 理由は分からないが、アリーチェの両親は彼女が知識を身に付けることを嫌がっている。いや、怖がっているように見える。

 学校に通わせないならとカイルや商会長が勉強を教えているのも、アリーチェの両親はいい顔をしていないからだ。

 知識もないのに仕事を押し付けられているアリーチェを可哀相に思った商会長が、「仕入れや売り上げを任せるなら、計算や読み書きといった勉強は必要だ!」と説得したから渋々許しているに過ぎない。

 それも「パンを売らなきゃ生きていけないんだから、勉強はパンが売れた後だ」と言って、パン屋の仕事が終わった後でしか勉強することを許さない。パン屋の営業時間が終わった後は、アリーチェには片付けや翌日の仕込みがある。勉強なんかしている時間は残らない。

 だから今日のように勉強の時間を作れるのは、早い時間にパンが完売した時だけだ。

 これでは勉強時間が作れないと、カイルの父は何度もアリーチェの両親に言っている。だが二人は何を言われても右から左に聞き流し、第一王女の姿絵の前から動かないのだ。


 今日だって、パンが完売するのを見越したカイルが、店まで行って待っていたのだ。そうでなければ掃除だ何だと言いつけられて、アリーチェに勉強する時間は与えられなかっただろう。


 あの両親のところで、親を養うために働き続けるなんて馬鹿げている。アリーチェはもっと幸せになって良いはずだ。自分の身を削るように働き続け、穏やかな笑顔を絶やさないアリーチェを知る者がみな、そう思っている。




 カイルや商会長が自分の為に時間を割いてくれていることに罪悪感を抱いているアリーチェは、さっと顔を歪めて謝った。

「学校に行かないのに勉強を教えてもらって、カイルや商会長さんに迷惑をかけて申し訳ないと思ってる。本当にごめんね」

「俺も親父も迷惑だなんて思ってないよ! アリーチェと勉強するのは楽しいし、俺にはとても大切な時間だ。アリーチェさえ良ければ、ずっと……」

 カイルの話を遮るように十六時の鐘が鳴った。鐘の音を聞いたアリーチェは、弾かれたように立ち上がる。

「もうこんな時間。明日の仕込みをしないと! 今日もありがとう、カイル」

 お礼を言う時に、アリーチェは感謝を込めて深々と頭を下げる。そのまま勢いよく頭を上げるから、ふわりと前髪が上がり嬉しそうに笑う桜色の瞳が現れる。

 想いを伝える事は叶わなくても、アリーチェの笑顔を見れて満足な瞬間だ。







 仕込みの手順を考えながらカイルの家を出たアリーチェを、四人の女子が待ち構えていた。


(またか……)


 一様に目を吊り上げて胸の前で腕を組む四人様子からも分かるように、アリーチェと仲良く語らうために待っていた訳ではない。

 四人の中心である魚屋の娘が一歩前へ出ると、まるで破落戸のように「ちょっと来て」と顎をしゃくった。もちろんアリーチェは帰ることは許されず、四人に囲まれて一ブロック先の路地裏に連れ込まれた。


「私、これから仕込みがあるから早く帰りたいんだけど……」

 壁を背にして行く手を四人に阻まれながら訴えるも、誰も返事をしてくれない。

 年齢はアリーチェと変わらないが、四人共色褪せからは程遠い綺麗なワンピースを着て、派手な化粧をしている。アリーチェが灰色一色で描いた絵なら、彼女達は原色をふんだんに使った鮮やかな絵だ。

 そんな色彩鮮やかな四人組が、非常に不満げな顔でアリーチェを睨みつけている。

 今後の展開を考えるとため息をつきたくなるが、そんなことをしたら小言が増えて苦痛で無駄な時間が延びるだけなのは経験済みだ。


 四人がいくら睨みつけても、アリーチェは怯えて泣き出したりしない。かといって睨み返す訳でもなく、ただ黙って四人を見ている。

 いつもと変わらない様子のアリーチェに痺れを切らした魚屋の娘が、怒りを露わに真っ赤な唇を開く。

「そうやって一生懸命働いている不幸な自分を装ってカイルの気を引くの止めてくれない? やり方がみっともないわ!」

 一人が言い出せば、待っていたと言わんばかりに次々に後へと続く。

「そんな元の色も分からない色褪せた服で、よく恥ずかしくもなくカイルの前に立てるわね!」

「髪もぼさぼさ、顔なんか半分しか見えないし、青白くて不健康! 貴方なんてカイルに相応しくないわ!」

「猫背で陰気で、貧乏くさ過ぎるのよ! カイルは平民街で一番大きいスタン商会の跡取り息子なのよ? あんたみたいな浮浪者寸前の格好の女がカイルの側にいたら、スタン商会が扱っている商品にもケチがつくのが分からないの?」

「カイルの同情に付け込んでスタン商会に入り込もうと必死過ぎて、周りが引いているのが分からないなんて、馬鹿としか言いようがないわ!」

「あんたなんてあの馬鹿親と一緒に、糞王女の姿絵でも拝んでればいいのよ!」

 彼女他達の不満は相当溜まっていて、矢継ぎ早に文句が飛び交う。アリーチェが口を挟む暇は全くない。いつまで続くのかとうんざりしていると、アリーチェが背にしている建物の扉が開いた。


「オイオイ、お嬢ちゃん達、怒鳴り声が筒抜けだぞ。カイルにバレたくなければ、その辺にして帰りな」

 扉からひょこっと顔を出した鍛冶屋のドレイルが、元より厳めしい顔をより険しく引き攣らせて四人を見た。

 恐ろしいドレイルの顔とカイルに知られたくなくて焦った四人は、蜘蛛の子を散らすようにワッと逃げて行った。


 ドレイルの火傷がケロイド化した大きな手が、アリーチェの頭をポンポンと撫でる。

「気にするな。カイルの言動が筒抜けで分かり易いからなぁ。あのお嬢ちゃん達も焦って、アリーチェをカイルから遠ざけようと必死なんだよ」

 カイルの気持ちに全く気付いていないアリーチェには、ドレイルの言った意味も理解できない。


 街の娘達からアリーチェが、こういった仕打ちを受けるのは初めてではない。むしろ、ここ一年はいつもの事だとさえ言える。

 そして、こういう事を受ける度に疑問に思う。「私とカイルが不釣り合いだと分かっているのに、どうして私がカイルに恋をしていると勘違いするのだろう?」と。

 毎日を生きるのに精一杯なアリーチェには、恋などしている余裕はない。アリーチェにとってカイルは、あくまでも兄のような存在だ。だからカイルの必死なアピールにだって、全く気付く気配すらないのだ。


 だから彼女達の言いがかりに反応する箇所もずれている。

「確かにこんな格好でスタン商会に出入りしている人間がいたら、お店の評判に傷がつく可能性はあります。服なんてパン屋に来るお客さんが、不快に思わないように不潔じゃなければいいと思っていたから……。といっても、これ以外に服は持っていないから、困ったな……」

 鬼瓦のようなドレイルの顔が、同情で眉も目も下がる。怖い顔とは裏腹に、実はとても人の良い男なのだ。

「アリーチェ、気にする事は無い。カイルも商会長もスタン商会のみんなも、誰もそんな風に思ってなんかいない。俺だって、こんなぼろを着ているけどスタン商会に出入りしているぜ!」

「ドレイルさんは素晴らしい商品を作る自慢の技術があります! 平凡な私とは違います」

「何だよ、アリーチェ、嬉しいことを言ってくれるじゃねぇか。それを言うなら、アリーチェのパンだってどの店より美味い! それに働き者の俺が呆れる位、アリーチェは働き者だ。服や見た目なんて関係ねぇよ」

 ドレイルはガハハと豪快に笑って、アリーチェの肩を叩いた。肩に痛みを感じながら、アリーチェは曖昧に笑った。




「いらっしゃいませ! こんにちは、スドルさん」

 一日で最も忙しい昼時も終わって混雑が落ち着いたパン屋に、常連客である雑貨屋の奥さんがやって来た。

 おしゃべりなスドルは残り少なくなったパンを選びながら「アリーチェは今日も働き者だね。この店の看板娘だ!」と、笑顔で褒めちぎる。

 昼の混雑時だけ手伝うアリーチェの両親が珍しくまだ店に残っていたので、二人に向かって「あんた達もそう思うだろ?」と声をかけてしまった。さっさと家に戻ろうとしていた二人は、その言葉に顔を顰めた。


「アリーチェは看板娘じゃないよ! ただのパン屋の娘さ。看板娘ってのはもっと、こう華やかで第一王女殿下みたいな方だろう?」

 母親とは思えない言葉に、スドルは目を吊り上げて言い返す。

「あんた、何を言ってるんだい? こんなに身を粉にして両親のために働いている子が看板娘じゃなかったら、何だって言うんだよ! 大体、華やかさが必要って言うなら、アリーチェに服の一枚でも買っておやりよ! もう何年も同じ服しか見たことがないよ。毎日のように王女の姿絵を買う金があるなら、その金を稼いでくれる娘のために使いなよ!」

「家の金だ! どう使おうが、あんたに関係ないだろう! 今日はもう店を閉めるよ! あんたなんかに売るパンはないから、さっさと帰ってくれ!」

 顔を真っ赤にした母親はそう叫ぶと、スドルを店の外に追い出した。

 

 商品は残り少ないが、店を閉めるにはもったいない。困り果てたアリーチェと両親の目が合う。

 アリーチェは「服が欲しいと泣きついたのか!」と怒られるかと思い身を固くしたが、二人は気まずそうに目を逸らすだけで何も言わない。

 長い沈黙の後、父親が「店は閉めるから片づけをしろ」と言って、母親と一緒に住居の方へ行ってしまった。


 いつもそうだ。

 アリーチェが幼い頃から、二人は何か言いたい事がありそうな顔をするくせに、結局何も言わない。怒られたい訳ではないが、何も言われないと「どうでもいい」と言われているようでアリーチェとしては怒られる以上に辛い。


(二人が愛している第一王女と私では、容姿も中身もあまりにもかけ離れ過ぎている。それが両親をがっかりさせてしまうのよね。私が二人にできることは、働いてお金を稼ぐことだけだ。頑張らないと……)


 店内に残ったパンを見回して、「もったいないな」とアリーチェは呟いた。だが、両親が店を閉めると言ったら閉めるのだ。いくらお店を切り盛りしているのはアリーチェでも、アリーチェはただの従業員に過ぎないのだから。




 店の片づけをして、袋に残ったパンを詰めたアリーチェは孤児院に向かった。パンが残ると、こうやって孤児院に寄付をしている。もちろんアリーチェの独断で、両親は知らない。


「いつもありがとう、アリーチェ。本当に助かっているし、アリーチェのパンは美味しいから、子供達も大喜びよ。もちろんパンがなくても貴方が来てくれることを、みんなとても楽しみにしているわ」

 パンを受け取ったシスターは、心からの感謝の言葉をアリーチェに送ってくれた。

「みんなが喜んでくれるなら嬉しいです! それに、ここでみんなと過ごす時間が、私にとってはとても楽しくて心が満たされるんです!」

 嬉しそうに微笑むアリーチェの周りに、絵本を持った子供達が集まってくる。アリーチェは大勢の子供達によって部屋の真ん中に連れて行かれ、あっという間に絵本の読み聞かせの時間になった。


 両親や街の娘達から色々文句を言われるのに、カイルから勉強を教えてもらう理由は孤児院での活動にある。

 アリーチェはパンを届けるついでに、絵本の読み聞かせや簡単な計算や読み書きを孤児達に教えている。年齢が上の子には働きに出られる知識を教える必要があるのだが、今のアリーチェの知識では足りない。その不足分を補うために、カイルや商会長に教えを乞う必要があるのだ。子供達の未来を思えば、あの程度の嫌がらせなんてどうってこともない。




 子供達に囲まれたアリーチェは、家では決して見られない楽しそうな笑顔を見せている。孤児院のみんなは、アリーチェを必要としてくれ、アリーチェに笑いかけてくれる。アリーチェにとってこの場所は、家にいるよりも幸せを与えてくれる。

そのことを知っているシスターは、「親がいても、あんな親だったらここに居る方がましよね」とため息をついた。

 楽しそうにしているアリーチェや子供達に温かい視線を送ったシスターは、孤児院の壁に貼られた第一王女の成人を祝う祝賀会のポスターを忌々し気に見た。


読んでいただき、ありがとうございました。

まだ続きますので、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ