第8話 帝国の治安監視官
「監視官の一人を監禁してる」
地下へ続く階段を降り、オルトが説明を続ける。
「治安監視官。名称も存在もラマチェフ人には馴染みがない。国家奉仕者たちも恐ろしくて尋問したかねえだろうよ。魔術がどんなもんかわからねえからな」
「そうだな」オルトの広い背中を見ながら階段を降りる。
「そこで帝国の国家奉仕者だった俺らの出番ってわけだ」
「妥当な判断だと思う」
少しずつ暗くなっていく。
「まあ俺だけでもよかったんだがな」オルトが言った。
「あんたは尋問が得意だからな」
「だが俺は思った。当事者のクランツァ坊やがいりゃあ、話を引き出しやすいってな。それによ、お前も気になってただろ? 監視官が今もお前を狙っているかどうか」
「まあ」
「だろ」
「どう無力化してる。ラマチェフにも封印牢があるのか」
封印牢は魔術を無力化できる牢だ。封印牢に身を置くと魔術の発現はできない。魔女を処刑の日まで閉じ込める牢でもある。
「そんな大層なもんはねえ」
彼は握り拳を縦に振った。切る動作だ。
「指か」
「店から自前の持ってきて、両手二本ずつ計四本を落としてやった」
「さすが肉屋」
魔術師は指が重要だ。人差し指と中指を切断すれば魔術師は発現が困難になる。手中の均衡が崩れて魔術が使えなくなるという。
「俺には何が許可されてる」
「制限も規則もない」オルトは顎を触りながら答えた。「監視官の命に価値はねえからな」
渦中の当人は鉄格子の檻にいた。右手と左手はどちらも包帯を巻かれ、血が滲んでいる。
監視官が鋭い眼光を向けてきた。戦意喪失していると思っていた。牢の中心にはテーブルと椅子があり、彼は座っている。壁際にはベッド、角には糞尿の桶があった。
「仮面はどうした。ラマチェフではいつも被ってるだろ」
鉄格子を挟んで質問する。監視官は答えない。質問を変える。
「ラマチェフに来た目的は何だ」
「……尋問官がおいでなすったってわけか」
監視官は挑発気味な声音で軽口を叩いた。
「素直に答えたら早く終わる」俺は言った。
「答える必要があるか?」
「生きて帝国へ帰れるかもしれない」
「希望をちらつかせる作戦だな」
監視官は背をもたれ、眉間に深い皺をつくった。
「希望は、あんたにとってどんな形をしている」質問を続ける。
「尋問に慣れてないな」
「家族はいないのか」
監視官は黙った。
オルトが牢の鍵を開けた。急な状況変化に監視官の表情が引き締まる。緊迫した雰囲気が一気に高まる。気温まで上がった気がした。
オルトは牢に入った。大股で距離を詰め、乱暴に監視官の手首を掴みあげるとテーブルに叩きつけた。
「待て! 待てやめろ!」監視官が叫んだ。
「やめろってんならやるに決まってんだろ!」オルトが怒号を飛ばす。「効果があるって白状してんだからよ!」
オルトの手には先の尖った細い金属棒が握られていた。荒い呼吸音が響き渡る。俺も牢に入る。二人の様子を傍目にベッドに腰を下ろした。
「目的を答えてくれ」
単調な声音で言う。お前の命には興味がない、と伝わるように。
「……妻と、息子が二人いる」塩らしい声で監視官が呟く。
「見えるか。家族の顔が、いま。目を閉じてもいい」
監視官は頭をテーブルに突っ伏した。萎れて背中が丸まる。
人は意味を拒否できない。見えるか、と問われたら頭の中で見てしまうものだ。だから家族の顔を見せてやっている。最期くらい、大切な存在を目に浮かばせたいだろう。そういうものだろ、人間は。
「目的は……目的は、魔女の確保だ」
「あんたら監視官は身分を隠して国境を渡り、ラマチェフの都に来た。監視官がラマチェフの市街地を歩くのはかなり危険だろう。その執念は何だ。それほど重要な魔女なのか」
「上からの絶対命令だ。赤毛の魔女を捕獲して連れ戻せ、と指示された。嘘じゃない。本当だ」
「疑問に思わなかったのか。ラマチェフはあんたらの敵国だ。治安監視官とバレたら拘束される。それでもあんたをラマチェフに送った」
「……命令は命令だ」
永遠の呪いを知っているわけではない。それが知りたかった。
「他に何人いて、どこに潜伏してる」
「わからない。俺たちは三人で来た。俺と二人」
「あんた以外は死んだ」
「……そうらしい」
オルトが振りかぶった。金属棒が急降下、監視官の手を貫いた。ガツンと木に当たった音。悲痛な叫び。椅子が倒れ、テーブルが大きく揺れる。
「バカ正直に答えてんだろうがッ! 情報共有は最小限が基本だろ! 拷問されたときッ、答えないように!」
監視官の唾が飛ぶ。オルトは金属棒を引き抜いた。
「家族が、あんたを待っている」
独り言のように告げた。監視官の頭から片時も家族が消えないように。
「お前らの家族に、自分の子どもに、これを見せられるか……」
震える声が床に落ちる。
俺は拳銃を握った。
「俺に家族はいない」
立ち上がって近づく。溝だらけの古びたテーブルを銃口でつつく。監視官は顔を上げた。
「俺を知ってるか」
監視官は首を横に振る。
「クランツァ・ハザリーという名は」
「クランツァ……聞いたことがある。たしか数年前に脱獄したっていう……」
「俺が、クランツァだ」
監視官の口は少し開いたまま固まった。目は大きく開眼して、まるで怪物と遭遇したかのように言葉を失った。




