第7話 爬虫人の教育者
食事を終えて喫茶店を出る。
「すごく美味しかったです! 次いつ来ます!?」
「行きたいときに行けばいい」
メアは満足したようだ。食事中も彼女はずっと笑みを絶やさなかった。
「他に行きたいところは。土地勘はあるが、あんたの趣味はわからない」
「大きな図書館ってありますか。あるいは色んな本を売ってるお店とか」
「国立の図書館ならある。大学に隣接してる」
「いっぱい本ありますか?」
「おそらく」
「決まり。案内お願いします」
「わかった」と言った後、曖昧な記憶が蘇った。「あそこは特定の身分がないと利用できなかったはずだ。学徒か研究者、あるいは……」
「偉い人ぶって行けば入れると思います」メアが手を挙げる。
「それは偉い人とは言わない」
メアの表情が曇る。目が細まり、肩もどんどん落ちていく。空まで曇りそうだ。
「わかった、ブーチョにきいてみよう」
「どなたですか」
「ブーチョ・ガド・エーントール。知り合いの爬虫人だ。頼めば可能性はある」
「偉い人なんですか?」
「あいつは教育者として色々な場所を回ってる。探そう」
ブーチョが活動する場所は決まっている。孤児院付近、商店街の一角、何もない空き地など特定の地域にいる。さすがに周期まで把握はしていない。だが幸運にも一発目でブーチョを見つけることができた。衛兵所がある通りの路上だ。
「あの背の高い緑色の爬虫人。わかるか。あれがブーチョだ」
路上には大勢の人間や異人種が座っている。年齢はバラバラで、小さな子どもから髭を蓄えた老人もいる。彼らの視線はブーチョに注がれ、耳もブーチョの声に集中していた。
「これはどういう集会ですか」
「ラマチェフは帝国から逃れてきた異人種が多くいる。異文化同士の衝突、民族間の内戦が多い。ブーチョはそれらを未然に防止する目的で、ラマチェフ社会や文字の読み書きを無償で教えている。ラマチェフ人として社会に同化させるためだな」
「すごく良い人じゃないですか。無償だなんて素晴らしいです。教育の質も大切ですが、受けられないより遥かにいいと思います」
「俺はあの爺さんのおかげで帝国から逃げられた。本当は銃殺刑、処刑されていた。感謝してる」
「処刑って……何をしたんですか」
「敵兵を見逃して、味方を殺した」
メアの顔を見れなかった。彼女は殺しと程遠い人間と思っている。こんな話をする相手じゃない。
手を掴まれた。
「ブーチョさんの授業が終わるまで聞きましょう。内容も気になります」
こちらの返答を待たずしてメアが手を引く。久しぶりに人の手を触った気がする。握ってしまえば砕け散りそうな、細い手だった。
生徒らの一番後方の列で地面に座った。ブーチョがこちらに目を向けた。
「クランツァくん」
紳士的な低い声が飛んできた。
「社会において最も重要なものはなんだと思う?」
周囲の視線が俺に集まる。
「教育」
ブーチョは感心したように頷いた。教育は彼の口癖だ。
「そう、教育だ。先人が作り上げた社会へ参加するために教育はある。私は教育格差はあってはならないと考えている。教育格差こそが社会に歪みを生み、内乱を招く。悲しいことに、ラマチェフで内乱は珍しいことではない。しかし私は教育の力を信じている。だから今日もこうして集まってくれたことが嬉しい。クランツァくんは理解しているようだね。嬉しく思うよ」
傍に座る子どもが「すげー」と言って俺を見る。どういう顔をすればいい。
ブーチョの授業は十五分ほどで終わった。参加した時点で終わりかけていたようだ。
「ブーチョ」
参加者が去っていく中、ブーチョのもとへ近づいた。
「クランツァくんが来るなんてね。驚いたよ」
老齢の爬虫人だが背筋はまっすぐで図体も大きい。身長も俺より高い。メアは若干怯えた様子で俺の背後に身を半分隠した。
「頼み事があってきた。図書館の利用を許可してほしい」
「これまた驚いた。クランツァくんが文献に興味を」
「俺じゃない」
横に移動してメアを対面させる。
「クランツァくんを治療してくれた魔女だね。私も現場近くにいた。クランツァくんを助けてくれてありがとう」
ブーチョがメアに手を差し出す。メアは恐る恐る握り返した。
「私はメア・リスラン・ツカクインテと申します。調べたいことがありまして、ブーチョさんなら許可をしてくれるかも、とクランツァさんに教えてもらいました」
「リスラン……ああ、リスラン族。あの魔女の谷から」
「魔女について知ってるのか」俺は口を挟んだ。
「リスランは魔術を使う有名な部族名だ。クランツァくんは知らなかったのかい」
「俺は監視官じゃない。軍属だ」
「あ、そっか。帝国軍の仕事ではなかったね。メアくん、私と一緒に図書館へ行こう。推薦して許可証を発行してもらうよ」
「わっ! ありがとうございます!」
メアは笑顔を咲かせた。相変わらず目の輝きは日の光のようだ。
「それでは早速向かおうか。そうだ、クランツァくんには寄るべきところがあるんだった」ブーチョが俺を指さす。「後日、きみの家に行くつもりだったんだ」
「時間はある」
「それはよかった。きみたちを襲撃した件でね」ブーチョが顎で衛兵所を示す。「監視官を地下に拘束してる。会って、話を聞きたいだろう?」
オルト・ゲラスが腕を組み、衛兵所の壁に寄りかかっていた。




