第6話 魔女と兵士
昼時。
目が醒め切っているから眠らなかった。
メアは物置きにしている別室で寝ている。これからは彼女の自室になるだろう。
裏庭に出て、解体した鹿の肉を干した。その後部屋に戻り、小銃を分解して油をさした。撃った後は必ず整備する。
メアが起床してからの行動は早かった。彼女は手早く身支度を済ませ、起床から十分と経たずに家を出る準備を整えた。
メアが腕を大きく振って前を歩く。
「クランツァさん。まずはお食事にしましょう」
「食いたいものはあるか」
「うーん。そうだなぁ、甘いものだと嬉しいです」
「甘いもの……」
歩きながら候補を考える。
「待て」
俺は立ち止まってメアの顔を見た。
「監視官はどうなった」
「三名中、二名はクランツァさんがやっちゃって、残り一名は私が無力化しました。衛兵っぽい人たちが連れて行きましたよ。その後のことはわかりません」
止めた歩みを再開する。
もし治安監視官が野放しだったなら飯を食ってる場合ではなかった。だが帝国の刺客は他にもいるはずだ。金のためなら喜んで殺しを引き受ける連中はラマチェフにもいる。とは言え、あんな騒動が起きた後は多少なり慎重になるだろう。金のためなら何でもするが、金のためには死ねない連中だ。
商店街に到着。普段より衛兵隊が多い。
メアは首を忙しく回してあたりを観察した。気になったものを見つけるとそそくさと近寄り、並べられた商品に顔を近づける。それを繰り返した。なかなか進まない。
「メア。飯はあっちだ」しゃがみこむ彼女に言う。
「待ってください。これ使えるかも」
紫の宝石に目を奪われている。結局その場で購入していた。
目的の喫茶店に入った。
「珈琲を二つ。牛乳は一つでいい」
先に飲み物を注文するのがここの決まりだ。料理は飲みながら決める。
「いい雰囲気のお店ですね。木の香りが落ち着きます」
年季の入った内装を見て、彼女は小さく笑みを浮かべた。さきほどまで抑えの利かない子どものように歩き回っていたが、いまはゆったりとくつろいでいる。気に入ったのだろう。
すぐに珈琲が運ばれてきた。牛乳の入った小さなカップはメアの手元に移動した。
「私が牛乳を入れないと飲めないの、どうして知ってるんですか」
「牛乳を入れないと飲めない顔をしているからだ」
「はい?」
はちみつ付きのパンケーキを二つ注文。
珈琲を一口含む。苦味と酸味が半々。ナイフとフォークを正しい位置に置きなおす。
メアを観察する。
まだ出会って間もない。彼女は魔女を自称し、俺については不死者になったと説明し、さらには旅に付き合ってほしいと懇願した。了承はしたが、我ながら無計画で無謀だと心の底から思う。だが、断る理由もなかった。
軍を離れて、自分が何者でもないことに気付かされた。命令を待っているかのように現状維持を続ける生活を送っている。
自前の手巾を取り出し、三角形に折る。それをフォークとナイフの下に敷いた。
「まるで貴族みたいですね」
メアが真似をしてナイフとフォークを移動させる。
「ああ、これは癖だ」手を引っ込める。「帝国にいたとき、王城で勤務していたことがあった。作法や振る舞いを徹底的に教育された。それが未だに抜けない」
メアは顎を両手の甲に乗せ、目を丸くした。
「へえ、クランツァさんも帝国出身だったんだ。あっ、納得! クランツァさんって身なりに気を遣ってますよね。髪はボサボサじゃないし、服もきちんとしてるし、歩き方もだらしなくない。かっこいいと思いますよ。没落貴族って言われても普通に信じます」
「俺はただの元兵士だ。貴族と縁はない」
「やっぱり兵隊さんだったんだ! 私って観察力高い方なんですよー」
「飯の味が変わるわけでもないから、やらなくてもいいんだがな。作法通りにしないと落ち着かない。意味はない」
珈琲を啜る。
「俺に継承してよかったのか」
「はい」彼女は平然と返して珈琲を口に含んだ。
「なぜ」
「ずっと継承する相手を探していましたから」
「あんたの方がふさわしいと思う」
「継承者がバレている以上、私が持っているわけにはいかないんです。これは呪いを隠す方法として最も良い方法です。あとは私が死んだら完璧なんですけどね」
「つまりあんたが死んだら、次に狙われるのは俺か」
「ええ。でもクランツァさんなら私より上手く逃げると思います。私は超優秀な魔女ってだけですから。兵隊さんのような動きはできません」
パンケーキが到着し、話は中断した。




