第3話 永遠の呪い
赤い髪の魔女。赤毛の魔女。
あの日見たときと同じ黒茶の外套を羽織っている。民族衣装ではないだろう。そもそも魔女がどういった服を着るか知らない。軍は魔女の生け捕りを担当していなかったから、魔女に関する知識が乏しい。
「初めましてになりますね」
彼女は手荷物を棚に置き、ベッドの近くで立ち止まった。
「私の名前はメアです。メア・リスラン・ツカクインテ。エト帝国北東部からはるばるやってきた魔女です。体の調子はどうですか」
「問題ない。治療してくれたと聞いた。ありがとう」
「いえいえ。私も感謝しています。クランツァさんが間に入っていなかったら、私はぶっ刺されてました。どうして見ず知らずの私を? どこかで会いました?」
「有用な命の使い方だと思っただけだ」
「有用なって……」
「あいつらの狙いは俺だと思ってたが、狙いはあんただったんだな」
「え。もしかしてクランツァさんも帝国に狙われてるんですか」
「おそらく」
「あら……」魔女は顔を引きつった。
シチューを口に含む。温かい羊の乳と塩気が丁度いい。一日食事をしていなかったから胃が動き出した。
「よし。じゃあ俺は帰るからな」オルトが膝を叩いて立ち上がる。「明日は牛を一頭さばく仕事が入ってる。寝不足のまま解体したら指を切っちまうぜ」
「すまない」
彼はドアを半分開いたところで止めた。
「クランツァ。命は大切にしろ」オルトは落ち着いた声で言った。
「それはどういう意味だ」
「そのシチューを大事に食えって意味だ」
「ありがたく平らげる」
彼は去った。俺と魔女だけになる。
「俺について、オルトからどこまで聞かされてる」
魔女は空いた席に座り、シチューをかき混ぜる。
「んー。クランツァ・ハザリーという名前だけです」
「あいつらしいな」
「というのは?」
「余計なことを喋らない」
「はあ、なるほど」
食べ終えた椀をベッドに置いた。魔女は別の椀によそって食べ始める。
「なぜ、俺は生きている」
「私が治癒魔術で治したからです。私が医者に見えます? ちょきちょき」
魔女は手をハサミの形にしておどけた。
「魔術にも限界はある。嘘だろ」
「まあ、嘘です」
あっけない白状に返す言葉を失う。
「……あんたの目的がわからない」
「クランツァさんって兵隊さんみたいですね。言葉がすごく短節。ラマチェフの兵隊さんですか? あ、適当に言ってます」
「まずは俺の身に起こったことを話してほしい」
「うん。そっちが先ですよね。では端的に。あなたは不死者になりました」
不死者。言葉通りの意味なら死なないってことだ。
「……不死になったってことか?」
「そうです。クランツァさんはいま呪われています。『永遠の呪い』と呼ばれる呪いです。どんな重傷を負っても急速に自然治癒します。老いることも死ぬこともない。不老不死ってやつですね」
最悪の呪いだ、と口に出そうになって飲み込む。
「それをなぜ俺にかけた」
「クランツァさんが私を助けてくれたからです。実は、私は不死者でした」
数秒考えた。
「全く話が理解できない」
「本当は刺されても死にはしなかったんですよね。いまは死んじゃいます。というのも、この呪いは継承するものだからです。瀕死の人間に対してのみ、呪いを継承することができます。弱った人が病にかかりやすいように。呪いを他者に継承すると普通の人間に戻れます。ですから、この呪いは数百年、数千年以上継承され続けてきた可能性があります」
「その長い歴史の先端にいるのが、俺ってことなのか」
「そういうことです。あなたが最新の不死者で、私はあなたの一つ前の不死者。いったい何代続いてるんでしょうね」
「もう一度聞く。なぜ俺に継承した」
今度は即答せずに魔女は黙った。視線を右下に注ぎ、人形のように停止する。
俺も黙って返答を待つ。十秒ほどが過ぎ、魔女は顔を上げた。
「……独りでは無理だから」
「何が、無理なんだ」
「呪いの解呪です。私は解呪方法を探しています。この呪いは、一つの国をひっくり返せる力を持っています。強すぎる力ゆえに狙われる。残念ながら、すでに帝国のエト一族に呪いの存在がバレています。彼らは、私が呪われているのをなぜか知っていた。どうしても呪いを移す必要があったんです」
「俺も帝国から狙われてるが」
「それは……誤算でした。でも私はクランツァさんを信じてます」
「安直だと思わないか。見ず知らずの俺に大国を揺るがす力を渡すだなんて」
魔女は前のめりになった。
「あなたは他人のために命を犠牲にする勇気がある。勇敢なあなたの命を、終わらせたくないと私は思った。この人なら大丈夫だと思ったんです。押し付けているのはわかっています。それでもどうかお願いします。永遠の呪いを消すため、私と旅をしてくれませんか。護衛として付き添ってほしいのです」




