第34話 酒場
酒が好きか嫌いかと言われたら、好きだと答える。まずいとは感じないからだ。
ブーチョが戻ったとオルトから連絡があり、ココ酒場の営業再開日も伝えられた。ココ酒場の店主はブーチョだ。趣味で経営しているとむかし聞いた。実に多才な爬虫人だ。
夜道をメアと歩く。メアは少し服装が整っている。お馴染みの外套にも皺がない。
「酒は好きか」メアにたずねる。
「普通ですかね。まだ飲み慣れてません。ていうか忘れてないですよね。ユボ・エト。しっかりとブーチョさんから聞き出すんですよ」
「生きているとわかったら、次はどうする」
「……どうしよっか」
「ユボとの連絡手段を探すしかない」
「当然そうなりますが、連絡を仲介してもらうのは好ましくありません。呪いがエト以外の別の勢力から狙われるきっかけになります。私たちとユボだけで直接連絡を取り合えるのが理想です」
あの日以来、メアは虚無主義に触れることはなかった。翌日にはいつも通りの彼女に戻り、あくびをしながら挨拶してきた。よそよそしい雰囲気が嫌で切り替えたのだろう。彼女にはきっぱりとした一面がある。内心は違うかもしれないが、人の本心を確かめる術を俺は知らないし、興味もない。
ココ酒場に到着。
入り口に白い花が大量に飾られていた。営業再開の記念だろう。
「ユウロウチョウだ」メアが言った。
「この花の名前か」
「そうです。綺麗な水辺にしか咲かない花。花言葉は『忘れない』です」
「ブーチョも縁起を気にするヤツなのか」
店内はすでに大勢の客で埋まっていた。
「空いてるかな……」メアがぼやく。
頭を動かして空席を探しているとブーチョが近づいてきた。
「クランツァくん。久しぶりだね。来てくれてありがとう」
「良い再開になったな」
「みんな安く飲めるから来ているだけだよ。メアくんにも気に入ってもらえるといいな」
「ご招待ありがとうございます」
ブーチョは鋭い牙を見せて笑った。
「ここはただの飲み屋だよ。そんなに丁寧だとこっちが緊張してしまうな」
「うぐ……」メアは俯いた。
二人席に案内される。
「俺は麦酒。メアは?」
「同じの」
料理も適当に選び、ブーチョに伝える。彼は頷いて去った。
周囲の客に視線を動かす。こちらに意識を向けている者はいない。密閉密集空間が最も面倒な状況だ。腰の拳銃の激鉄をさりげなく起こしつつ、自然な動きで布巾を取り出す。
「ブーチョさん、行っちゃいましたけど」
ブーチョの背を見送ったメアが正面に顔を戻す。
「お話はいつ訊くつもりですか」
「機会は伺う」布巾を三角形に折って隅に寄せた。「今日がダメだったとしても後日伺えばいい」
「それじゃあ、ただ飲みに来ただけになるじゃないですかぁ……」
メアは顎をテーブルの上に乗せて腕を伸ばした。だが彼女の態度は料理を食べ始めてあっけなく変わった。酒と料理に夢中になって、ユボの名前を出さなくなった。
「ラマチェフ料理いいですね!」
彼女の顔はずっと笑みで固定され、真冬の風にあてられたかのように頬が紅潮している。
「クランツァさん。その丁寧さは何なんですか」
「丁寧ってのは」
「食べ方! 貴族の人みたいな手の動き! ブーチョさん言ってたでしょ! ここはそーゆーとこじゃないって!」
「癖だと前に説明した」
「あ、オルトさんだ!」
メアが顔を向けた先にオルトと猫店長がいた。いま席に座ったばかりだ。彼ら二人もこちらに気づいて軽く手を挙げる。
「オルトさんに痩せたほうがいいって助言してください。あれじゃ長生きできないです」
「言っても無駄だ。長生きする気がないヤツだから」
「ちゃんと酔ってますか?」
「もう酒は頼むな」
「まだ二杯しか飲んでないですけど!?」
メアの相手を適当にしつつ、しばらくしてから席を立った。
厨房へと入る。ブーチョが包丁を手に果物を切っている。見るからに忙しそうだ。
「クランツァくん。どうしたんだい」
背を向けたところで声をかけられた。
「話があったんだが、悪い。邪魔した」
「いいよいいよ。これ、予備で切ってるだけだから」
ブーチョは近くの従業員に引き継がせた。




