第31話 ラマチェフ人と帝国人
ラマチェフの都に戻ってから、しばらく呪いの進展はなかった。
ユボ・エトとは直接会うことが最も望ましいが、彼は帝国の王城内にある特別な地下牢にいる。無理に侵入を試みれば魔術の防衛網に引っかかる。俺は魔術師ではないから罠を察知できない。メアなら潜り抜けられるだろうが、そもそも二人とも帝国から狙われる身だ。第一、仕事としてメアを危険に晒すわけにはいかない。
ユボの件だけでなく現実問題として金を稼ぐ必要があった。
二人とも定職についていないから金は減る一方だ。まずは目先の生活を安定させるため、それぞれ仕事を探した。
メアはすぐ稼ぐようになった。
彼女の得意分野である魔術を活用し、人助けの仕事を請け負うようになった。魔術だけでなく、彼女は医学にも精通していた。薬草を使った治療薬、魔術治療はたちまち評判となり、「赤毛の魔女」の存在は知れ渡っていった。
対照的に、俺はできることが少なかった。人を殺す技術など市民は求めていない。効率のいい土嚢の積み立て方も、弾を当てるコツも、各種戦闘方法もすべて金にならない。今まで通り、山で動物を狩ってはオルトに売るのが一番向いていた。
「ここ最近クソ忙しそうだな」オルトが言った。
鹿の清算を外で待っていた。店内から出てきたオルトはそのまま隣に座った。
「そうでもない」俺はそう返答した。
「お前じゃねえよ。魔女の話だ。ほら」
オルトから豆茶を受け取った。一口啜って話を続ける。
「帝国では一般的な魔術治療をメアは持ち込んだ。いまは街に革命が起きてる最中なんだろう。薬学の研究会に行くとも言っていた。招かれたらしい」
「気をつけろよ。有名になればなるほど監視官が隙を狙ってくる」
「注意はしてる。あいつは魔術師としての腕は一流なんだが、警戒心が弱すぎる。人の悪意に鈍感なんだ。純粋な性格をしている」
「俺が悪意を教えてやろうか」
「あんたは悪意が強すぎる」茶を喉に流し込む。「爺さんはどうした。最近見てない」
「ブーチョは南へ行った。お前が街に帰ってくる前にな」
「入れ違いだったか」
「衝突があったんだとよ」
ラマチェフは異人種だけでなく、人間の民族も各地に散らばっている。文化的な衝突が多く、局所的な内紛が頻繁に発生している。
オルトは続けた。
「ブーチョは各民族にラマチェフ人の自覚を根付かせようとしてる。お前たちはラマチェフ人だ、ってな。完璧とは言わずも、多少なりラマチェフに住む国民、ラマチェフ国民っていう意識を作らせれば国内で一定の結束力が芽生える。かつて帝国との全面戦争で各民族種族は軍に参加しなかった。結果、土地を帝国に奪われ、吸収されて民族は消滅。帝国人化ってわけだ」
「本質的には爺さんも帝国と同じことをしているな。ラマチェフ人化だ」
「まあ、そういうことになる。国家って概念がない連中の頭ん中に国境を引かせてんだよ。お前もラマチェフに来てから色々言われただろ。帝国人だのなんだのってよ。一応、ブーチョの効果は出てきてるってわけだ。帝国人とラマチェフ人の対立構造はすでに市民の頭ん中にできあがってる」
「気にしてはいない」
「お前らしいな」
オルトは両手を後頭部に回してのけ反った。
「帝国人の軍人で、しかも士官ときた。ラマチェフ人からしたら一番警戒する経歴だ。お前が荒くれ者みてえに振る舞うやつだったらとっくに殺されてたな。よかったな、静かな野郎で。ラマチェフ人になれたってわけか?」
「他人の評価に委ねる」
「嬢ちゃんはうまくやってるぞ。魔術がすげえ得意な可愛げある魔女って思われてる。帝国から迫害されてるってのも同情とか共感に繋がったんだろうな。クランツァ、お前は可哀想なやつだ」
「哀れむなら肉の買い取り価格を上げてくれ」
「お前にも欲張りな側面があるとは驚いた。もっと欲出さねえと嬢ちゃん取られちまうぞ」オルトは口角をぐっと上げた。「いい男を見つけたら、ころっと落ちるかもしれねえ。俺は慰めねえからな」
「メアの意思を尊重しよう」
「バカ。お前クソ気持ち悪いな! 女は自分に夢中になってほしいって考えてんだよ。てめえみてえなスカした野郎は論外だってのを脳みそに刻んどけ」
「独り身のあんたに言われても説得力がない」
「てめえ殺すぞガキ」
肩を軽く殴られる。豆茶がこぼれて足にかかった。
「お、忘れてた。ブーチョがよ、魔女を連れてココ酒場に今度来いって言ってたぞ。お前への伝言だ。すっかり忘れちまってた」
「どういう意図だ」
「改築して広くなったから来て欲しいんだとよ。たしかその日は安くするとも言ってたな。俺も行く予定だ。あそことは肉の取引をしてるからそのよしみでな」
「わかった。メアにも伝えておこう」




