第30話 空白
ユボ・エトの日誌は十年分だった。
日誌の内容はほとんど接続に関する記述で、私的な記録と言えば、当番で山を降りて必要物資を購入した、といったくらいだ。他の接続者と同じだった。宇宙の存在の真理のために、彼は宇宙に近いスペラルジェ連峰にいる。
翌日の朝。建物から出るとメアは隣で背を伸ばした。
「よかった。今日は天気がいいです」
ここに用がなくなった。次はユボ・エトにどうやって会うかだ。
「クランツァ様」
接続者が鉄扉を開いて出てきた。
「これはわれわれの考えなのですが」接続者は少し眉を寄せた。「おっしゃる通り、本質的には生きる意味はないのかもしれません」
視界の隅でメアが俺の顔を見る。
「宇宙にある星々の数は、この大地を構成する砂粒よりも遥かに多く、その集合体たる銀河も無数に散らばっています。われわれのたった六十年の人生。それは宇宙にとって一瞬、いえ、一瞬にも満たない時間です。なぜ宇宙があるのか、なぜ生まれてきたのか、なぜ意識があるのか。わからずして死に至る運命に絶望を感じることもあります。しかし、それでも楽しむしかないのです」
接続者は両手を広げた。
「われわれは人間であることから逃れられない。接続は肉体から離れることで人の欲からも解放されます。しかし、人の欲が、私をここへ導き、そして私に空を仰がせる。クランツァ様。あなたも人間です。けっして怪物ではない。人間として生まれてきた以上、われわれは生きる意味を自分で見つけて、与えられた寿命を楽しむしかないのです」
接続者は薄く笑みを浮かべた。
「ありがとう」自然とその言葉が口から漏れた。
「いつでも歓迎いたします。そのときは、あなたの人生の物語をぜひお聞かせください」
下山を始める。下るだけだから行きより遥かに楽だ。
メアが遅れて足並みを揃える。
「さっきの話、主題はなんだったんですか。意味がわかりませんでした」
「メアには必要のない話だ」
「えー。接続者の方がクランツァさんのこと理解してそうで悔しいなー」
俺は接続者の言葉を心の中で反芻した。
楽しむしかない。楽しむしか、ないのか。
生きる意味などないのだから、楽しむしかないのだろう。
人間は喜怒哀楽が行動の原動力となっているのだから、そう設計されて生まれてきた以上は人間の性に従うしかない。だから、楽しむしかない。抗ったところで完全には書き換えられないのだから。接続者が述べた思想が、固い地面を一歩一歩踏むたび胸に響いた。
「メアは、自分の人生を楽しいと思うか」
「それなりに楽しいと思いますけど」
「そりゃいいな」
「でも最近になってからかな」
「良かったな」
「家族が殺されたのは許せないですし、殺してやりたいって復讐心、私にもあります。でも旅をする中で変わっていきました。色んなものを見て、少しだけ余裕が生まれて、物事をまた楽しめるようになってきたって感じ。魔女の谷より自由にふらふら歩けてますからやっぱり楽しいですよ」
メアは得意げに鼻を鳴らすと指を立てた。
「私は最強の魔女なので、すごく自信家なんです。へこたれても復活するのです」
物事を享受するようにメアは指を振った。彼女は表情が豊かで目と口が溌剌と動く。身振り手振りも激しい。力が有り余っているとしか思えない元気な少女だ。
今まで、どこかメアの姿はぼやけていた。視覚的な意味ではなく、雰囲気や形象が思い出せない。メアを視界に捉えて、「ああ、そういやこんな姿だったな」と毎度感じていた。メア以外の人間もそうだ。名前は覚えていても————そうか、これも虚無主義の影響だったのか。
「何か文句あります? 私が最強かどうか疑ってますね」
懐かしい温かさが込み上がる。
冷たい鉄を抱いて寝るあの戦場が、遠のいてゆく。
柔らかい、温かい、平穏。
手で包みたくなるほどの美しい時間が、流れ始めた気がした。
「————クランツァさん! やっと見えてきた!」
空を見上げる。夜だ。都のはずれにいる。
違和感で足を止めた。
「帰るまでどれくらいかかった」メアの背に言った。
「んー、十日くらいでしょうか」
「十日」
「行きよりはかかりましたね」
間違いなくラマチェフの都。後ろを見てもスペラルジェ連峰はない。
十日も記憶を失っている。
「家に着いたら速攻寝ます。明日は市場へ食材を買いに行きましょう」
腰の拳銃、肩の小銃、荷物、服装。一つ一つ手で触れて確認する。変わりない。メアの受け答えも普段と変わらない。
力が抜けて膝をついた。俺に何が起こってる。この十日間の様子は。何を話し、何を食べた。どの記憶を失った。
「クランツァさん?」
「足の力が抜けた」
「あはっ。情けないですね。侮蔑の目を送ってあげましょう。じー」
自分がどうなっていたかなど訊けるはずもない。誰にも理解されないからだ。
戦争病。
砲弾症。
離心症。
戦争から逃げるための演技としか思われない。ごく少数の医者と当事者は病だと知ってるが、彼ら以外は信じない。臆病者、腰抜け、敗北主義者と罵倒が飛んでくる。戦線復帰を拒否すれば銃殺刑。死後、臆病者の兵士として永遠に歴史に記録され、名誉の回復はなく、墓には誰も花を添えてくれない。墓があるだけマシだろう。
遺族は不遇の扱いを受ける。臆病者を産んだ遺族として。
銃殺刑になった部下の墓を訪れたことがある。墓に刻まれた名前が削られて読めなくなっていた。だいたい犯人は遺族だ。一族の恥というわけだ。
身体に異常が起きて、病棟にぶち込まれ、神官から「神はすべてを御許しになる」と毎週哀れまれ、また戦場へ戻って、最後には帝国軍兵士を撃ち殺した。
あれは自分の意思だったのだろうか、と今でも振り返って考える。
戦争病は確かに存在するが、認めたくない気持ちもあった。臆病は、虚無主義が本来消し去る精神状態だ。もし虚無主義が機能しなくなったら自分が何をするかわかってる。
だから虚無でありたい。死よりも漆黒な虚無を、俺は求めている。




