第23話 エルフォス虚無主義
夢のない眠りが好きだ。
夢は疲れる。
起きても頭が重く、休んだ気にならない。
夢だとすぐにきづいた。
しかし、普通の夢じゃない。
人の気配を感じる。
記憶を、覗かれている。
メアは無事だろうか。
目覚めることができない。
冷たい。
顔、泥だ。
耳の中にも泥。
何があった。
顔の泥を手で落とす。
口の泥を唾と出す。
戦闘服に染み込んだ泥水が体温を奪う。
耳鳴りが酷い。
鼓膜は、大丈夫だ。
砲弾が至近距離で弾着したのだろう。
地面に沈んだ手を抜く。手形ができる。
顔を上げる。
高い壁。土の壁。
塹壕だ。敵の前線塹壕にいる。
俺は、クランツァ・ハザリーだ。
所属部隊は飛竜特殊空中強襲団。
任務は挟撃殲滅作戦。竜で敵地上空に侵入し、地上の敵前線へ爆弾投下。爆撃後、敵地に降り立ち、大混乱に陥った敵前線を叩きにいく。帝国軍の各歩兵小銃小隊とわれわれの部隊による挟み撃ちだ。
成功すれば帝国の前線が上がり、われわれは生き残る。
失敗すれば敵後援部隊に挟撃され、われわれは全滅だ。
挟撃するか、挟撃されるかだ。
部隊の戦闘行動や任務性が極めて危険であることから、飛竜特殊強襲団は「死の部隊」として有名だった。死にたい奴が行く部隊、とも言われている。
「ハザリー中尉!」
塹壕の先で帝国兵士が叫ぶ。別の分隊の兵士だ。こちらへ駆けてくる、が、泥の噴水が高く立ち昇った。一瞬、血飛沫が見えた。砲弾が直撃したのだ。
「ハザリー中尉。そうか、俺は、ハザリー……」
名前と階級。俺の名前と階級。
二〇〇人以上の殺害記録。
少年兵の軍歴。
作戦遂行の実行力と実績。
それらが俺を中尉に仕立て上げた。若くして士官になるのは帝国では稀なことではない。戦争ばかりしているから評価される機会が多い。
敬意を示される立場になって、年齢や階級に関係なく、多くの兵士から生き残る助言を求められた。生き残るコツなんてものはないのに。弾を当てるコツくらいなら教えられるが、死なないコツはない。運だ。特に砲弾は運試しだ。砲弾がどこに落ちるかは撃つ側だけが知っているが、弾着地点に人がいるかはわからない。撃つ側も撃たれる側も、わからかないことだらけ。それがいまの戦争だ。
齧った果物のような顔面の兵士や腰から下を失った兵士の死体を跨いで歩く。いま吹き飛んだ帝国兵の胴体を見つけた。認識票を一つ回収する。名前を知っている。一緒に訓練して、言葉を交わした。悲しくはなかった。虚無主義が、すべてを無意味化しているからだ。
エルフォス虚無主義は言葉に宿った感情や価値を剥がしてくれる。
区別する価値があるものに、人は言葉を与える。
区別する価値がないものに、人は言葉を与えない。
言葉には価値が宿っている。
クランツァ・ハザリーという「名」は、俺を区別する価値があると親は考え、「名」を作った。人間はひとりひとりを区別する価値がある存在である、と人は考え、我が子に名を与える。
そして人は価値だけでなく、感情も結びつける。
家畜に名を与えないのは感情を結びつける必要がないからだ。名を与えなければただの「家畜」だ。「家畜」と聞いたとき、我が子と同等の価値や感情を人は感じない。だから「家畜」の命を奪える。
人は「命」に「大切、尊い、温かい、護るべきもの」といった価値と感情を付与する。
エルフォス虚無主義はこれらを「命」から切り落とす。命という単語の意味は理解している。しかし大切だとは感じない。尊いとも、温かいとも感じない。命を奪っても、奪ったという結果、事実を認識するだけだ。
自国と他国、人間と異人種、国境、言語、民族、文化、宗教。
敵は何者で、敵はどこにいて、敵は何を信仰しているか。
言葉は、敵を定義できる道具だ。
国家は、敵の勢力を定義した。
国境は、敵の住処を定義した。
言葉は戦争を生んだ。
言葉は命を脅かす「敵」を明確化し、生存本能を強く刺激する。紙や地面に地図を描くように、頭の中で大きな敵を言葉で描くことができ、そして人は現実と区別できず混同する。人類が戦争を繰り返すのは必然だと思う。動物が戦争をしないのは言葉を持たないからだ。縄張りや種族を本能で見分けられはするが、言葉を持たぬ彼らは国家や国境を頭に描けない。
世界中にエルフォス虚無主義が浸透し、人々が言葉と生存本能に翻弄されなくなったら、戦争は二度と起きないだろう。
しかし俺は戦っている。原因は母さんだ。
母さんは俺に生きろと願い、死を受け入れた。母さんの言葉がエルフォス虚無主義と拮抗する。母さんの声が聞こえなかったら俺は死んでいただろう。
多くの少年兵が自害した。生きることに意味はない、と言って、彼らは静かな眼差しのまま口に銃口を入れ、脳のかけらを天井に飛ばした。
俺は虚無主義の成功者じゃない。
自害を選んだ少年兵たちが、真の成功例だ。




