第22話 最初の一歩
翌日。
山の中腹に近づくにつれ、樹木の数は減っていった。足元は岩石が多くなり、草木が減って視界が広くなる。もうすぐだろう。これ以上高くなると人間の生活できる環境から離れていく。
「何あれ」
メアが立ち止まった。横顔が見える。彼女の視線の先、右方に枯れた植物があった。背は高くないが枝が多い。
「……人の形?」
メアが道から外れる。あとに続く。
「やっぱり人だ。ほら、そうでしょ」
大量の枝を持つ植物かと思えば、それは人間の形をしていた。跪いて手を組み、空を見上げている。目や口はない。隙間だらけだが人の輪郭であることは確かだ。
「これ、杖ですよね?」
メアは幹にあたる部分を指差した。幹を注視する。垂直に地面に刺さっている。接続者が持っていた杖に似ている。枝はこの杖から生え伸び、曲がり、人の輪郭をつくっていた。紐で縛って癖をつけたのだろうか。しかしそれにしては綺麗な曲線だ。表皮には傷もない。非自然的な物体だが、細部の出来栄えは自然的だった。
「あれもじゃないですか?」
離れた位置にもう一つ。今度は跪いた体勢ではなく、直立した人間の形だった。登れば登るほど数は増えた。形状は座った体勢が多い。胡座や跪いた体勢が大多数で、立っているものは少ない。共通点は、どれも人間の形、杖から生えているという二点だ。
メアは静かになった。ずっと先行していたが、俺の後ろを歩くようになった。
「これの正体は何だと思う」背後のメアにたずねる。
「……墓標ですかね。接続者にとって杖はとても大事なものなんですよね?」
「あいつはそう言ってた」
「それを手放す機会なんて死後以外にないでしょう」
「魔術で植物の形を変化させることはできるか」
「できますけど残り香がないんです」
「残り香」
「魔術の力の痕跡みたいなもので、魔術を使うと絶対に残ります。魔術の内容や規模感にもよります。これなら五年は残りますかね。ちなみに練度の低い魔術師は残り香を感じられません。普通の人間寄りってことです。鍛えられはしますけどね」
背中をつつかれる。
「クランツァさん、早く先を行ってください。行って」
「怖くなったか」
「だって気持ち悪いし。怖くないんですか」
「奇妙だとは感じてる」
「いいですね。怖いもの知らずって」
「恐怖を感じる方が人間として正常に機能してる」
メアが鼻を鳴らして笑った。声音が変わる前兆だ。
「ふふ。そういうのはね、もう卒業しましょうね」
「卒業」
「別にかっこつけなくていいんですよ。クランツァさんが強いのは十分知ってますし、頼りにしてます。おかげ様で安心して山登りできてます」
そう見えているのか、と予想外だった。ではクランツァ・ハザリーはどのような人間に見えているのだろう。
「ある思想が、俺の頭から恐怖を消した。いや、恐怖が生まれなくなったと言うべきか。危機に対する反射的な動揺、心の乱れ。それが俺の身に起きない」
「へー」
背中を指でつつかれる。早く登れ、ということだ。
恐怖が不在であること。
痛覚が不感であること。
はなから理解されるとは思ってない。理解ができるとも思わない。戦争病も。
不死者になっても変化がないということは、永遠の呪いは肉体にしか作用しないのだろう。継承の前後で自分の性格が変わったようにも感じないし、変に気分が高揚することもない。なにより、離心症を今もときどき発症してるのが証拠だ。
だから、呪いは継承されてきたのか。
不死は、出会いと死別を永遠に繰り返す。
何百年と繰り返していけば、これからも生き続けて何の意味がある、と誰だって思い悩む。世界は老いて変化し続けるが、自分の時間は止まったまま。世界から取り残されている感覚、疎外感、孤独感。俺ですら容易に想像できる。
人間の精神は永遠の時間に耐えられない。だから永遠の呪いは放棄され、継承され続けてきたのだろう。どんな美味いものでも食い続けていれば飽きが来る。無限の時間に飽きるんだ。
なら、なぜこの呪いは心に影響を与えないものとしてあるのだろう。人間が永遠に耐えられる副作用がないと不老不死は宝の持ち腐れだ。結局、過去の不死者たちは不老不死を放棄して俺に回ってきた。もしこの呪いを作った者がいるなら、どのような意図があったのか。
考え出すと止まらなくなる。目の焦点をしっかり前方に戻して思考をやめた。
しばらく登り続け、建築物が視界に入った。人影はないが、接続者の住処に違いない。上へ登る道は他にはなかった。
建築物は煉瓦造り。玄関口と思われる鉄扉の前に立つ。
背後にいたメアが前に出る。鉄扉には鉄の輪がある。訪問を知らせる呼び鈴代わりだろう。
「心の準備はいいですか?」
「戦闘なら、いつでも」
「荒々しいなぁ」
メアは鉄の輪を握った。
「これが私たちの最初の一歩です。呪いの起源に繋がる一歩であることを願いましょう」
そう言って彼女は扉を叩いた。




