第21話 人間性
接続者の背中を見送った後、魔女、と伝える意図をメアにたずねた。
「魔女は帝国で悪い印象がありますが、帝国以外では畏敬の対象だったりします。魔術は神秘的ですからね。この星の反対側には魔術の研究都市があるらしいですよ。いつか行ってみたいなぁって思ってます」
「帝国で生まれた魔女は運が悪かった、というわけか」
「帝国から逃げるのが得策だと、みんな頭ではわかっていましたが自然とともに生きるのが私たちです。あの土地を捨てることはできなかった。もちろん魔女の方が歴史は古いです。エト帝国の歴史なんてたかだが数百年程度ですから」
宿を目指して歩く。
「クランツァさん、さすがですね」
「何の話だ」
「盗賊。一人で全員やっちゃうなんて。死なないので心配はしていなかったんですけど、やっぱり兵士としてすごく優秀だったんだなぁって」
「得意分野だからな」
「ちゃんと犬みたいに戻ってきたのも偉いです」
「今更逃げる理由なんてない」
「そうですか。安心です」
「逃げると思って、これを渡したのか」首飾りに触れる。
「あはっ。違いますよ。怪我しなかったんですか?」
なかった、と返そうと思った。しかし別の言葉が出た。
「自分が本当に不死者なのか、疑ってる」
「え? それこそ今更な話でしょ」メアはけらけらと笑う。「まあ、普通に生きてたら気付きませんから、不死身かどうかなんて。てことは怪我してないんですね」
「髪を切っても、爪を切っても変化はなかった。乾燥で指が切れたときも治りが早いとか、そんな現象は起きてない」
「そういうものです。私も半年しか宿していなかったので、推論になります。永遠の呪いは、大きな変化に対応するようです。剣で大きく切られたり、腕を切断されたり、あるいは銃で撃たれたり。そういった人体の大きな変化、命に関わるような負傷が条件のようですね。ちなみに私も経験してないです。あ、でも母の禁忌魔術に巻き込まれても死ななかったのが証明になるのかな。撃たれもしたし」
「歳を取らないってのは」
「すみません。半年ではわかりませんでした」
永遠の呪いは、人体の形状を一定に保つ力なのだろう。頭髪や爪先は対象外のようだが、なら呪いの力が及ぶ範囲は人体のどこまでなのか。
「クランツァさん」メアは足を止めた。「身体は大事にしてください」
メアは薄く微笑み、静かな声音で言った。
「何か不都合があるのか」
「不死者とはいえ人間です。身体を大事にしなければ、いずれ人間らしくない行動に躊躇わなくなる。命知らずな行動は控えてください。自分が人間であることを忘れないでください」
「人間らしさ、か」
「人間の定義をいま議論するつもりはありません。私は、ただただ人間らしくあってほしいのです」
それから二日あけた。
一日目は疲労回復の日とした。午前、自警団が訪れた。盗賊の死体の場所、身分を訊かれ、最後には感謝された。
午後になるとメアが部屋に来た。外出の報告だ。護衛を提案したが、大丈夫です、と彼女は言い残してドアを閉じた。窓辺からメアの後ろ姿を見送った後、銃を手に取って床に座った。整備でもしよう。
夕方にさしかかった頃、メアが帰宅を報告しに来た。みやげに麦の菓子をくれた。
「部屋で何をしてたんですか?」
「銃を整備して、あとは寝て過ごした」麦菓子をかじる。
「ふうん。楽しそうですね」
「そうでもない」
「皮肉だったんですけど。明日、天気が良かったら登りましょうか」
しかし二日目は雨だった。
宿を出る予定だったから追加で宿主に一日分の宿代を払う。
部屋へ戻る途中。
廊下の姿見鏡を過ぎる瞬間、拳銃を抜いた。鏡の中の自分に向ける。目が合う。当然だ。自分の目を見ているのだから。しかし、ほんの一瞬、自分が誰なのか分からなかった。間違いなく自分の姿だが、立ち姿も動きも、異質な生き物に見えた。そう感じた。
雨音を聞きながらベッドで横になる。きっと敵だと思ったんだ。敵か味方か、彼我の識別は容姿や装備で判断する。視覚情報だ。五感の一つ。虚無主義が最も嫌う、感覚的なもの。自分の姿すらも、誤認し始めたらしい。
三日目。
雨は昨日の夜に止み、登山がいよいよ始まった。
スペラルジェ連峰の山頂は今日も雲が被って見えない。まさかあの山頂まで登るなんてことはないはずだ。いくら修行とはいえ、草木が生存できない標高では食べるものも水もない。
連峰の麓まで半日かかった。
山道に入ると平らな石を積み重ねた石を見つけた。植物の葉に隠れている。
「メア」立ち止まり、先を進む彼女に声をかける。「例の石がある」
「あ、ほんとだ」メアは一瞥するだけだった。
「意味は」歩みを再開する。
「さあ? 人が通っている、という主張かも。ただの子どもの遊びっていう線も。魔術的な力は感じないです。残り香もありませんから、ただの石ですよ」
興味が全くないようだった。魔術師は、まじないや儀式といったものを信じない傾向にあるから、彼女もそうなのだろう。魔術師は魔術しか信じない。
道はときどき階段になった。様々な形の石で作られた統一感のない階段だった。人工物は道しるべとなり、メアの歩みが迷うことはなかった。
日が暮れ始める。
野宿の場所を決めるとメアは動物除けの魔術を木々に施した。効力は抜群だ。足音が聞こえる範囲には一切近づいてこなくなる。ただし虫には効果がない。
俺は小瓶に指を入れ、指先に虫が嫌う油を首元や服に少量塗った。匂いが刺激的で目に入ると涙が出るものだ。軍でもよく使っていた。




