第18話 綿花の街
翌日の朝。
昨日と同じ席に腰を下ろした。
「おはようございます」
しばらくして、メアが目をこすりながら現れた。彼女の手には茶が握られている。それを啜りながら席につく。
「よく寝れたか」俺は訊いた。
「快眠です」
こちらを見る彼女の目に異変はない。昨日の俺に異常はなかった、と結論づけていいのだろうか。
病を打ち明けるべきか、と考えたがやめた。この旅には関係がない。話したところで俺の行動は変わらないし、彼女を不安にさせるだけだ。臆病者とも罵られる。
地方都市へ向かう馬車の荷台に金を払って乗った。それからずっと馬車。一日かけて地方都市に到着し、宿泊。そして再び別の馬車で移動。
たくましい馬と恵まれた天候のおかげで、八日でチェーバン地方に入ることができた。
昼を過ぎた頃、街に到着した。
綿花栽培が盛んで貿易が活発な街だ。あちらこちらで大量の綿花が出品されていて、業者が手で触っては質を確かめている。
「すごく高い!」メアが両手を上げて言った。
高山の連なりが空の半分を占めている。スペラルジェ連峰だ。山頂に雲がかかっているから相当な標高だろう。
「接続者に会いに行って、もし門前払いされたらどうする」
「粘り強く門を叩きます。ドカドカ叩きます」彼女は両拳をぶんぶん振った。「あるいはクランツァさんが銃で脅してください」
「考えておこう」
「冗談ですって。よそ者に厳しい人たちじゃないことを祈りましょう」
現在も接続者が存在しているのか、という懸念があったが、そんな懸念は立ち寄ったパン工房が払拭してくれた。
「接続者ならたまに下りてくるよ」
店主はさらりと答えた。口ぶりからして、接続者は日常の一部らしい。
「私たちは接続者に会うために来ました。会うことってできますかね」
「接続者になるためにやってくる人はいるにはいるけれど、そういう人らはだいたい山に直行するよ。大抵帰ってこないから受け入れられたか、熊に食われたか、どっちかだね」
「接続者の本拠地はやっぱりあの山ですか」
「そうだね。階段を登り続ければいいって聞いたことはある。詳しいことはよくわからんね。うちらは接続者に用ないから」
メアは礼を言い、パンを一つ購入した。難しい顔をしてパンを口に含み、咀嚼する。
「どうします? 明日あたり登山してみます?」
「俺はいつでもいい」
「うーん。クランツァさん、宿を探してもらってもいいですか」
「ああ」
「それと」メアは懐に手を入れた。「これあげます」
首飾りを手渡された。紫色の宝石が埋め込まれている。馬車の移動中にメアが何か手作業をしていたのだが、これだったのだろう。
「その首飾りには魔術で匂いをつけています。匂いとはいっても香りはしません。これでクランツァさんの現在地を感覚的に把握できます。ちなみに手作り。魔術師ならすっごく高い値段で買い取ってくれます。感謝するがよい」
「便利だな」早速首から下げた。「変な輩にはついていくなよ」
「子どもと一緒にしないで。私は大人の女です」
「宿を取ったらどこで集合する」
「この付近で合流しましょう。私はもう少し聞き取りを続けます。首飾りで居場所はわかるので、宿で待っていても構いません。判断は任せます」
そうして一度わかれることになった。
言われた通り、宿を見つけて二部屋借りる。小銃と荷物を置き、拳銃だけ携帯する。ベッドで横になった。
「出るか」
部屋でやることもない。メアと別れた場所に戻ってあたりを散策しよう。
住民は見たところ人間だけだ。てっきりラマチェフの地方も都のような雰囲気かと思っていたが、ここは人間主導の街のようだ。おそらく異人種は異人種で、特定の土地で暮らしているのだと思う。種族によって気候や土地の相性があると聞いたことがある。
綿花栽培の街なだけあって衣服を販売する店が多い。服をずいぶんと購入していない。ついでに買っていこうか。いや、荷物が増えるからやめよう。メアがよく物を買う性分だから多少影響を受けている。
石椅子を見つけて座る。外でもやることがなかった。メアと出会っていなかったら今頃どうしていただろう。少々考えたが何も思いつかなかった。彼女に出会わなくても頭を吹き飛ばすつもりだったのだ。先のことなんて考えていなかった。
二十分ほど時間が過ぎた。市民の様子を観察していたとき、ある人物に意識が向いた。
頭髪のない男。当人の背丈くらい長い杖を持って歩いている。衣服は純白で袖が広く長い。顔は俯きがちで横顔しか見えなかった。妙に異質な男だが、あの歩行者に注目したのは俺だけだ。住民はちらりと一瞥するにとどめ、じっと目で追う者はいなかった。
「あれなのか……」




