第17話 お前は、生くべき、さだめにある
多くの少年兵が腰を抜かした。口を大きく開き、見上げたまま固まっている。まるで狼に睨まれた羊だ。限界まで肥大化した恐怖が彼らの自意識を奪って抜け殻にしたのだ。
やっぱり恐怖は幻想だ。
脳が、ぼくらに恐怖を与えている。自分で自分を恐怖させている。自分自身のせいだ。恐怖なんてない。命の危機を知らせるために恐怖という幻を本能が生んでいる。真の敵は生存本能だと教わったじゃないか。
撃った。
その瞬間と数秒間、ぼくはすべてを忘却する。すごくすっきりする。すべてを吹き飛ばしたみたいに綺麗になる。銃声と衝撃が、ぼくを世界から一瞬だけ切り離す。きっとぼくだけの感覚じゃない。ぼくに続いて、少年兵たちも引き金を絞った。
ひとり、またひとり、ギーギークォンの長い手に掴まれる。手はヤツだけじゃない。付近の樹木から急に手が生え、ぼくらを掴もうと素早く伸びてくる。捕まった少年兵はギーギークォンに手渡され、頭部の垂れた皮の下に消える。
ばこん。骨盤の割れる音。
ぱきぱき。細い骨が折れる音。
ごりごり。骨がすりつぶされる音。
樹木に火がつかなかった時点で気づいていた。
樹海は、ギーギークォンに守られている。
あるいは、ギーギークォンは樹海そのもの。
ぼくは走った。
どうやって討伐する。
樹木から手が伸びる。
走る。
どこへ?
わからない。
立ち止まった。
生きることに意味がないなら、なぜ走っている。
生きることに意味がないなら、なぜ生きようとする。
振り返った。横並びの黄色い目玉がぼくをじっと見ている。動物の目だ。知性なんて持ち合わせていない、ただただ栄養を求めて肉を屠る動物。ぼくらは肉でしかないないんだ。
おびただしい数の手がゆっくりと伸びてくる。
『クランツァ、撃ちなさい』
ぼくは動かない。
『クランツァ、撃ちなさい』
弾は尽きてる。
『クランツァ、撃ちなさい』
助けもない。
『クランツァ、撃ちなさい』
母さん。もう、やめてくれ。
手が止まった。
ギーギークォンの手が、一歩踏み出せば届く距離で止まった。すべての手が、一本の指をぼくに指して微動だにしない。時間が止まったように、樹木に還ったかのように、ギーギークォンは眼と手をぼくに集中させた。
「お前は、生くべき、さだめにある」
重低音が身体を突き抜けた。ぼくはへたり込んだ。肺と心臓が爆発するかと思った。
手が引いていく。ギーギークォンが来た道を帰るように離れていく。周囲を見る。二十人はいたはずなのに、みんな食われて踏み潰された。
残ったのは、ぼくと銃だけ。ぼくの手足は地面とくっついて動かなかった。森の仲間入りをしたみたいに、ぼくは去っていく怪物の背中をただ見つめ続けた。
「生くべき、さだめにある……」ぼくは呟いた。
ぼくは、生きる運命にある。
ぼくは、母さんを撃って生き残った。
ぼくは、母さんとエルフォス虚無主義で生き残ってきた。
そして俺は、永遠の呪いでまた生き残った。
どいつもこいつも、生きろ、と俺に命令する。
何度この夢を見てもわからない。どれだけ考えても答えがでない。俺のどこに生きる価値がある。みな、行き着く先は死だ。永遠に命を反芻し続けるこの世界に何の意味がある。
メアはどう思うだろう。
メアと食事をして、いつもの症状が現れて……それ以降の記憶がない。いつ寝たのか覚えていない。あきらかに症状が悪化している。数分間続いたことはあったが、ここまで酷いのはなかった。夢を夢として認識しているこの意識、現実感も、かつてないほどはっきりしている。
いっそ、もう目覚めるのをやめようか。永遠に眠っていれば永遠の呪いは守られる。土にでも埋めたら死と蘇生を繰り返して、永遠に気づかれないんじゃないか。
不老不死の自覚はなかった。爪を切っても、髪を切っても、少し切り傷ができても人間と変わらない。爪や髪が急に再生されることもなく、血もただちに止まるわけじゃない。普段通り治るまで時間がかかる。
本当に不死者なのか?
疑うと同時に、メアを信じてみようと考える自分もいる。彼女を肯定したいのだろう。常に疑い、常に警戒することに疲労感を最近覚える。以前までそういう気分にはならなかった。ラマチェフに来てからだ。ここには縁もなく、俺はもう兵士じゃない。
エルフォス虚無主義が、破綻しかけている。
恐怖が、目を覚まそうとしている。
家族が、俺を恨めしく睨んでいる。




