第16話 ギーギークォン
「———クランツァ! ぼくらは、ほんとうにっ……」
ある少年兵がぼくに叫んだ。
樹齢何百年という巨大な樹木たちが上下に踊っている。大地が流体となって大波を打ち、ぼくたち少年兵は宙に浮いた。
地震じゃない。言葉通り、大地が大海になった。
すでに死者が出た。頭から着地して首を折ったり、樹木の根と大地の隙間に入り込んで潰れたり、少年兵は次々と波に翻弄され死んでいった。
樹海は、ぼくらを歓迎しているのだろうか。そうだったら、無邪気に昆虫で遊ぶ子どもみたいだ。遊んでいたら死んじゃった、でもまだ別の虫がいる、まだまだ遊んでやろう。そう言わんばりに容赦がなかった。
「ぼくらは怪物だ」ぼくは冷静に答える。
「無理だよ、クランツァ。どうやって倒せって言うんだよ!」
きっと彼は怪物になれない。銃を持っただけの子ども。怪物である前に兵士ですらない。ただの十歳の子どもで、ただの孤児だ。
彼の目に、ぼくはどう映っているのだろうと考える。ぼくは怪物になれたのだろうか。死をも恐れぬ、怪物の兵士に。
波が収まる。まだ完全には止まっていない。細かな振動が続いている。液状化した地面に手が沈み込む。引っこ抜いて銃を構えるが、足も少し沈んで安定しない。
「来る」
少年兵たちに警告する。
顔色の悪い者、泣いている者、静かに銃口を上げる者。
エルフォス虚無主義はまだ多くの少年兵に根付いていない。エルフォスは昔いた兵士の名前から取ったらしい。エルフォスは恐れを知らない兵士で、決して逃げ出すことなく果敢に戦った。
エルフォスは、世界は無意味だ、と考えていた。
痛みも、恐怖も、すべては人間の内的なもので実体がない。この世にあるのは物質だけ。エルフォスは自己洗脳して、自分だけの虚無主義を確立した。それは見せかけではなかった。様々な危機に直面しても、彼の心拍数は一切変化しなかったという。銃を額につけられても、大切な仲間が殺されかかっていても、大勢の前でひとり立っても、不安、恐怖、激昂といった感情が湧き起こらない。
人体に規定された本能。それをエルフォスは都合の良いように改造できた。
まさに理想の兵士だ。絶対に壊れない兵士。人間を超越した、怪物の兵士。
ぼくらはエルフォスになろうとしている。
ずん、ずん。
何かが、何か大きなものがやってくる。
帝国の西部国境地帯にある、絶対樹海。
何人たりとも支配が叶わぬ、原始世界。
その主が、ぼくらのもとへやってくる。
誰かが撃った。全員が撃った少年兵に視線を移す。
「ぜ、ぜったいに勝てっこない」撃った少年兵が気まずそうな顔で言う。
そう、みんなわかっている。少年兵だけで倒せる相手じゃない。大人たちは、ぼくらが戦死するとわかっている。
目的は生態調査だ。ぼくらはその犠牲になる。大人たちは今頃、遠くから望遠鏡で観察してる。エトもよく考えている。身寄りのない孤児や少年兵が死んでも民衆から批判は出ない。ああよかった、うちの子じゃなくて、と大人たちは安堵するだけ。
ぼくは今日死ぬだろう。でも怖くはなかった。
ぼくは痛みを消せるし、野良犬みたいな生存本能を飼い慣らしてる。
『クランツァ、撃ちなさい』
生きることに、意味はない。
『クランツァ、撃ちなさい』
恐怖も苦痛も、存在しない。
「……ギーギークォン」
苔だらけの巨大な球状頭部。
黄色い目玉が一列に一周。
樹木のような太い足が六本以上。
大量の枝は腕の役割をしていて、付近の樹木を掴んでいる。
全長は何十メートルもあるのに、足は地面についていない。
浮いている。びしっ、びしっ、と腕を伸ばして樹木と同化する。猿みたいに木を使って移動しているが、未知の力が働いて浮いているとしか思えない。信じられないくらい巨体だった。
ぼくらは、なんて矮小な生き物なんだ。
ぼくら人間には何もできないし、何もさせてくれない。
権威とか階級とか、人間の考える概念を超えている。もっと何か、生物の枠を超えた、世界の命運すら決められそうな究極の存在に感じた。
『クランツァ、撃ちなさい』
それでも母さんは、ぼくに生きろと言う。




