第15話 魔女の過去
母が不死者だった。
魔女の告白に手が止まる。まったく予想していなかった。
「なぜ継承した」
「私は魔女の谷から来たといいましたが、もう魔女の谷は存在しません」
「存在していない?」
「帝国の雇った山賊が銃を持って襲撃してきたんです。たぶん監視官もいたと思います。夜襲でした。彼らの目的は永遠の呪いを奪うこと。でも呪いのことは私を含め、みんな知らなかった。呪いを知ったのは逃げているときです。炎の中を逃げているとき、私は撃たれました。すごく痛くて、苦しかった」
彼女は首を指でさすった。
「自分でも死ぬとわかりました。口の中が血でいっぱいになって、自分の血で溺れ死にかけました。そんな中、母は言ったんです。あなたにこの呪いを継承する、と。魔術で最低限の情報を私の記憶に刻みました。不老不死の呪い、永遠の呪い。瀕死の人間に継承できる。この世にあってはならない。帝国が狙っている。解呪方法は不明。そうして母は、私の目の前で禁忌魔術を使いました。身体を犠牲にして半径五〇〇メートルの範囲をすべて焼き尽くし破壊する。魔女の使う魔術で最も破壊力のある恐ろしい禁忌魔術です」
治安監視官の自爆魔術とは桁違いの規模だ。帝国が魔女を恐れる理由を真に理解した。あまりにも力の規模が違いすぎる。
「私は灰の中で目覚めました。見渡す限り、すべて灰。呪いを継承したので、私は爆発に巻き込まれても死ななかったようです。母は、私と呪いを守るためにすべてを消し去った。それが半年前です」
メアは表情を無理に崩し、ぎこちなく笑みを作った。
「安心しました? 私はちゃーんと十九歳の娘ですよ」
俺は無言で肉を口に運んだ。なんて返せばいいのだろう。肉の味がしない。エルフォス虚無主義が五感を抹消している。つくづく五感は幻想であると気付かされる。
「まあ、暗い話はこれくらいにしましょう。母の意思と命を無駄にしたくなかったから、私は旅に出たのです。真剣さが伝わりましたかね」
「帝国は何代にもわたって、あんたを追い続けるぞ」
「ええ。だから私が死んでしまうのが一番いいんです」
「不死者が誰かわからなくなるから、か」
「そうです。でもさすがに死にたくないですけどね。もし嫌になったら言ってください。人の心と身体は永遠に生きるようには作られてません。だから呪いは継承され続けてきたのです。永遠に生きることが苦痛になり、継承することで死の運命を受け入れる。私がまた継承しますから安心してください」
「永遠に生きる覚悟があるのか」
「どうでしょう? 永遠に生きてみないとわからないですよ。というか、この世に永遠ってあるのかな? まあとにかく、最終的に永遠に生きる運命は私にあると思ってます。責任でもあります」
それから黙々と食事が続いた。
彼女とは類似点があった。故郷で家族を失い、一人生き残った。だが彼女は大きな使命を抱き、生きる目的や意味を真剣に考え、生に向き合っている。俺にそんなものはない。
ただただ、生きている。いったい自分の人生に何の意味があるのか、とずっと考えている。これがあと何十年も続く。不死者になった今、それは何百年となるかもしれない。どんな戦場よりも残酷で、過酷で、気が狂いそうになる。
「案外、メアと過去が似ている。そう思った」
「もしかして魔女の家系?」
「いや。俺は戦災孤児だ。俺にも家族はいない」
戦災孤児。どうして嘘をついたのだろう。
「ああ、なるほど……すみません! お互い疲労の溜まった身なのに心まで疲れるような話題にしてしまって。魔術の話! クランツァさんも少しは気になるでしょ?」
メアは魔術の話に切り替えた。兎の肉だけでは足りなかったから追加で注文し、麦酒も注文した。魔術を話しているときの彼女は熱心で、酒を飲んでもいないのに声が大きくなった。よっぽど魔術が好きなのだろう。
「————道中でも説明しましたが、魔術は別世界から力を借りている説が魔女の間で一般的です。では別世界がある根拠は何か。実は別世界と関係があると思われる存在が、この世界にあるんです。何だと思います?」
考えたふりをしたのち「さあ」と答えた。
「超自然体です」
「なんだそれは」
「知らないんですか。もしかして超自然体って私たちだけの言葉?」
「聞いたことないな」
「超自然体は自然界と無関係。祖先を持たない独立生物です。進化論では、どの生物も元を辿れば同じだそうですが、超自然体は生殖機能がなく、どの生物とも生物的関係性がありません。祖先がいないから、ある日、ぱっと世界に現れたと考えられています」
ある姿が頭に浮かびそうになる。それを洗い流すように麦酒を空にする。酒で記憶を飛ばしたことも、暴れたこともない。だが、いまだけは視界も意識もすべてぼやけさせたい。
「メア」
「世界で発見された超自然体は多くはないですが————」
興奮気味な彼女は口を閉じない。
眼球の揺らぎを感じる。
大地が細かく振動している。
「————エト帝国にも超自然体はいます」
腕の血管がミミズのように蠢く。
心臓が血を全身に送り出す。
戦うか。逃げるか。
本能が警告する。
虚無主義が「意味はない」と冷徹に囁く。
両手が耳を塞ぐ。本当に塞いだか? 身体の感覚が曖昧だ。塞いでいたら言葉は消える。目、耳、舌、鼻、神経。すべて取り払えば世界から離脱できるだろうか。この恐怖も。原始的な野性も。
「絶対樹海の主。ギーギークォンです」
『お前は、生くべき、さだめにある』
色が薄くなる。
現実が遠のく。
瓶を握っている。
自分の手じゃない。
メアが喋っている。
言葉が耳で止まっている。
きっと応答している。
だが、それは俺じゃない。
クランツァ・ハザリー。
記号だ。
名前なんて無意味だ。
空気の振動でしかない。




