第13話 メア・リスラン・ツカクインテ
メア・リスラン・ツカクインテという魔女の理解はだいぶ進んだ。
言葉遣い、だいたい丁寧。誰に対しても敬称を付け、あまり荒い言葉を使わない。調子に乗った表現はよく用いる。表情は多様で眉や口元がよく動く。性格は無邪気、自由主義、能天気、元気溌剌。好奇心旺盛でいつも何かを観察している。
基本的に無害な女なのだが、たまに面倒な側面も露呈させる。自分の要求や願望が通らないとわかった瞬間にそれはやってくる。
「もうやだ。座る。寝る」
ラマチェフの都を出て三日目。
馬車が乗れる次の農村地域に行くため、上り坂の山を歩いていたときだ。
「四十分歩いて休憩。その繰り返しが最も効率がいい」
「やだ!」
メアは文句をたれると両手を地面につき、赤ん坊のように四つん這いになった。行き先は樹木の根本。たどり着き、背中を木に預けるとフードを被った。
「ラマチェフまではずっと山道だったんだろ。その足ならまだ歩ける」
「クランツァさんの体力がおかしいんです。こんな足元の悪い山をぶっ続けで歩ける方が異常なんです。見てください。この痙攣するか弱い足を! この盛り上がった大地も! 木の根っこ!」
彼女は黙った。俺が黙ったからだ。
次にメアは音楽を奏でるように宙で両手を動かした。すると小さな鳥が集まってきた。
「あとどれくらいでこの上り坂は終わりますか。お水飲みますか」
集まった五羽の小鳥に話しかけている。魔術はこんなこともできるのかと感心した。メアは自分の飲み水を小鳥に分け与えつつ会話を続けた。
メアが魔術を使用する頻度は多くない。必要最低限で意図的に制限しているように見えた。飲み水でさえ、川で汲むことにこだわって魔術を使わない。魔術で水を生成できることは知っている。だからなぜそうしないのか疑問に思っていた。
「魔女はもっと日常的に魔術を使うと思っていた」
「そう見えてました?」
「見えていた」
「これは私たちの『教え』なんです」メアは自分の手を見つめた。「魔術は非自然的な力です。魔女である私たちでさえ理解できていません。なぜか、魔術を使えちゃうんです」
小鳥が空へ飛んでいった。メアがそれを目で追う。
「魔術は別世界から力を借りている、という支持の強い考察があります」
「別世界?」
「とある国の研究者がおっしゃるには魔術は別世界の力らしいです。その世界がどのような世界かはわかりません。力を借りている、力を使っている、あるいは奪っている。欲望のままに使えば、この世界に本来なかったはずの力がどんどん蓄積され、どこかで均衡が崩れる。そういう考えから、私たち魔女は自然への信仰心が強く、魔術の濫用に注意しています」
「監視官とは正反対の思想だな。帝国では魔術が絶対的な権力で誇示するものだった」
「彼らは私たち魔女の劣化版です。精神性も低俗で最低。はー、やだやだ」メアは立ち上がった。「この丘を越えたらすぐ下に村があるそうです。もう行っちゃいましょう」
「朗報だ。もうじき日が暮れる」
農村に着く頃には日は落ちた。村人に宿の有無を尋ね、宿に直行する。どうやらこの農村は旅人の中継地点として多く通過するらしく、宿も立派なものだった。二階建てで奥行きもある。入り口の前には植木鉢が列をなしていた。整えられた外観は富の証だ。
受付で部屋を借り、荷物を置きに部屋に入る。メアとは別の一人部屋だ。広くはない。小銃と麻袋をベッドに置き、拳銃は腰に下げたまま宿の広間に戻る。
食事ができる席で待っているとメアが戻ってきた。
「早いですね」
彼女も席につく。
「兎の肉でも食おう。俺は麦酒を注文する」
「私もそれで。飲み物はお酒以外で」
受付に料理を頼んで席に戻る。他に客は二人いた。初老の男と庶民服を着た若い男。監視官でも山賊でもなさそうだ。
「明日はやっと馬車ですね。今日はくたびれました」
「市街地に入ったらそのあとは」
「接続者はスペラルジェ連峰という高い山岳にいるそうです。そこへ行くための手段を探しましょう。ひたすら聞き込みです」
「わかった」
「しっかりと護衛をお願いしますよ。とは言っても、本当に守られるべきなのはクランツァさんの呪いの方なんですけど」
メアは懐から手帳を取り出した。
「無事に接続者の住処にたどり着いたら、竜殺しの不死者について尋ねます。その不死者がどんな人物で、どこで亡くなったのか。私たちは歴史書を後ろから捲るように歴史をたどるしかありません」
「最初のページを探す旅、か」
「何か質問はありますか」
視線を落とす。質問したいことはもちろんある。
メアは永遠の呪いを誰から継承したのか。
継承の条件である瀕死状態に、なぜ彼女は陥ったのか。
あえて訊かなかった。若い魔女が、たった一人で帝国内を歩き、ラマチェフまで踏破したことが異常なのだ。
決して奪われてはいけない呪いなら魔女の谷で一生引き篭もっていればいい。そうすれば永遠の呪いは守られる。それが最も現実的な解決策だ。だが、そうできない事情があるからこうして彼女はここにいる。
「クランツァさんは、私について何も訊かないですよね」
「そうだな」
「私の好きな食べ物を知ってますか」
「いや」
「なんで訊かないんですか? これから長い間行動をともにする関係なんですよ。普通は気になるでしょ、個人的なこととか」
麦酒と牛乳が届く。
「俺の好奇心は不要だと考えてる」麦酒を喉に流し込む。
「なんで」
「俺は護衛として雇われている、と割り切ってる」
「うわ、なんて堅物。でも仕事する人としては優秀な考えなのかな」
メアも牛乳を口に含む。何か言いたげな視線。彼女は二度、三度飲んだ。
「本当にオルトさんの言うとおりです。こっちから喋らないとあいつは一生黙ってる。そう言ってましたよ、クランツァさんのこと」
「俺をよく理解している」
「オルトさんとはどういう関係なんですか? 年はだいぶ離れていますよね」
話すべきか、口を閉ざすべきか。
話しても問題ないだろう。すべて過去の話だ。
「俺とオルトは、帝国の裏切り者だ」




