第12話 猫店長
「猫だ!」
武器屋に入店した途端、メアが店主のイジーを見て声を上げた。イジーは勘定台を爪でガリガリ引っ掻いた。わざとらしく、あえて猫らしく。
「嬢ちゃん。マタタビよこしな」
「やっぱり猫だ!」
メアが説明を求めてこちらを見る。
「猫の異人種は初めて見たのか」
「犬なら見ましたが猫は初めて!」
イジーは椅子から下りた。武器屋らしい太い腕を組んで立つ。
「ハザリー。お前の妹か」
「髪の色を見ろ。赤と薄茶は全然違う」
「仕事の同僚」イジーは指を弾いた。
俺は頷いた。
「帝国から来た魔女だ。俺は護衛として雇われた」
「ほう。ハザリーが傭兵業をね。怪我をしたって聞いたが、その仕事で?」
「いや、あの一件は雇われる前だ。その後にこういう関係になった」
イジーはメアへ視線を移した。
「嬢ちゃん。ほしいものは何だ」
「私ではなく、クランツァさんです」
俺は刃物の商品棚へ移動した。
「軍用のナイフがほしい。つば付きで簡素なもの」
「銃剣としての機能は?」
「必要ない」
イジーは棚から一本手に取った。柄は木製、つば付き、刃は片刃。
「握ってみろ」
ガタつきなし。柄の形状も握りやすい。良いナイフだ。
感触を確かめているとメアが数歩スキップして近づいてきた。
「握ってみるか」
提案したが、彼女の興味は別だった。
「肉球ってあるんですか?」
イジーは無言で握り拳を掲げた。
「……肉球あるかわからないんですけど」
握り拳が開かれる。しかし彼は手の甲を見せるにとどまった。
「いじわる!」
イジーは硬派な風貌をしているが、黙ってふざけるのが好きな変人だ。おそらくメアという新しいおもちゃを見つけ、からかい甲斐があるか否か試しているのだろう。
「ハザリー。今夜も一緒に全裸で踊りたいんだが、空いてるか?」
「適当なことを言うな。メアが信じる」
メアの目が暗くなる。軽蔑の目だ。どいつもこいつも表情が豊かだな。
イジーが薦めたナイフを購入した。代金を払うと彼は店内の研磨台で研ぎ始めた。両足で交互に踏み、円状の研磨材を回転させて研磨する。
「このお店にはよく来るんですか?」メアが言った。
研ぎ終わりを待ちながら店内の商品を鑑賞する。
「俺は銃器もナイフもここで買う。イジーはかなり腕がいい」
「なんかクランツァさんと気が合いそうですね。言葉数少ないところとか」
「あいつは酒を飲むとうるさいからダメだ」
「マタタビよりも?」
「マタタビの場合は静かになる」
「どういうこと」
「意識が飛んで空に上がっちまう」
「クランツァさんの周りって変な人しかいませんね。ドン引き」
今日は旅支度のために物資を買い回っていた。
メアは魔術に必要な鉱物、紙、正体不明の薬草を購入し、俺は小銃整備用の油、丈夫な紐、そしてナイフだ。自宅にもナイフはあるが、刃が短くて戦闘には不向き。護衛するなら軍用に鍛え上げたナイフが必要だった。切れ味や刃の頑丈さは別格で、相手に与える威圧感も違う。
「ハザリー」
イジーに呼ばれる。ナイフを研ぎ終わったらしい。
「ありがとう」革袋に収納する。
「どこか遠出するのか」
「チェーバン地方」
彼は太い尻尾をくるりと回した。
「だいぶ南だ。十日くらいってところだな」
「一ヶ月くらいは不在になるかもしれない。オルトとブーチョには伝えてある」
「なるほど。お前の家は盗みたい放題ってわけだ」
イジーは鋭い歯を覗かせて怪しい笑みを作った。
「丸焼きになるぞ」忠告した。
メアが人差し指を立ててイジーとの間に入る。
「家には内側から魔術をかけてます。無理矢理入ろうとしたら家の周囲が炎に包まれ、強盗を焼き払います。その体毛はよく燃えると思います、ふふん」
「嬢ちゃんの髪みたいに燃えるのはごめんだな」
「ですよね? オルトさんのお肉屋さんに並びたくないなら良い子にしててください」
「あの卑しい豚と親しくなるとは。嬢ちゃんは動物の相手がうまい」
「まだ顔見知り程度ですよ。ラマチェフに来て二週間も経ってませんから」
「名前はイジー・トッドだ。愛称は猫店長だから猫店長って呼んでくれ」
「猫店長?」
メアは一瞬きょとんとした顔をし、腹を抱えて笑った。
イジーは腕を組んで尻尾をぐるぐる回した。相変わらず感情は尻尾に出るらしい。良いおもちゃを見つけてよかったな。




