第7話 うん。ほんとに好き
「ここにあるタオル使っていいー?」
「いいよ」
「ありがとー!」
すぐに明るいトーンの返答が返ってくる。
映画を見終わってから葉山の奢りでピザを注文して2人で平らげた。
夜ごはんを済ませると、まずはシャワー浴びよっかと言われたので、私から先に入って今は葉山を待っているところ。
正直、心臓がどうにかなりそうだ。
たしかに葉山は今日、私の家に泊まるだけと言っていた。
そして私は、葉山とそういうことはできないとも言っている。
でも葉山はきっと、私とそういうことがしたいはず。
「ごめん、ドライヤー使っていいかな?」
「えっ、あっ、勝手に使って」
私が言葉を詰まらせて頷くと、すぐにドライヤーの音が部屋に響く。
なんで葉山はちょっとしたことに許可を求めてくるんだろう。
私たちは付き合ってるんだから、もっと気楽にしてほしい。
「ごめん、ちょっと待たせちゃった」
「大丈夫だよ」
葉山はクッションを私に近づけてから隣に座る。
「シャワー浴びてる間、何してたー?」
「……ぼーっとしてた」
葉山のことを考えていた、とは言えない。
腰を少しだけ上げて座りなおす。
葉山との距離をちょっとだけ遠ざけた。
「今日は望月の誕生日じゃん。だからプレゼントを用意しましたー」
ぱちぱちぱちー、と葉山は口にする。
そういえば、まだ誕生日プレゼント貰ってなかったな。
今の状況を身構えすぎて、そのことをすっかり忘れていた。
ちょっと待ってて、と言って葉山は鞄を引き寄せて何かを取り出す。
「望月ってさ、好きなものとか趣味とか全然話さないよねー」
「まあ話はしないかな」
「だからさ、誕生日プレゼント選ぶのめーっちゃ大変だったんだから」
これからはもっと好きなもの教えてね、と言って、あるものを机の上に載せた。
「……え、ハーバリウム?」
テーブルの上に瓶の中には青色の花々が浮かんでいた。
「高二の時に望月、ハーバリウムって綺麗でいいよね、って言ったの覚えてる?」
「私、そんなこと言ったかな」
「言ってたよー」
ハーバリウムは知っているが、葉山に話をしたかどうかは思い出せなかった。
深い海を連想させるような蒼さで、見ていると心が落ち着く。私の部屋にはそういうインテリアがなかったし、自分で買おうとは思わなかったので嬉しかった。
「あともうひとつあるんだよね」
そう言ってすぐ、葉山は私から見えないところに置いていた小箱を見せてきた。
「開けても良い?」
「もちろん」
箱を開けると、底に入っていたのは1つのイヤリング。
2つの白銀の環が交差していて、小さな宝石がついている。
「望月ってピアスつけてないから、イヤリングの方が良いかなって」
たしかにいきなりピアスを渡されても、すぐに身に着けることはできない。
だから、葉山がイヤリングを選んでくれたことはありがたかった。
「望月にこのイヤリングつけても良い?」
「いいよ」
右耳を見えるように髪をよけると、葉山は一瞬だけ固まった。
「……まぁ、そうだよね」
そう呟いて、彼女は私の耳たぶに触れる。
「望月の耳って綺麗だね」
「……別に普通でしょ」
どう答えればいいのかわからなかったので、話をさえぎらない程度に口にした。
「じゃあ締めるから、痛くなったら教えて」
葉山の言葉を合図に、きゅるきゅるとネジの締める音が聞こえる。
少しずつ、耳たぶを挟まれるような圧迫感が生まれた。
「もう大丈夫かも」
「おっけー」
すぐに葉山は離れる。
「写真撮ってあげようか?」
「うん」
葉山は私にスマホを向けるとすぐ、カシャと音が部屋に響く。
「ほら、めっちゃ似合ってるよ」
そういってすぐ私に写真を見せてきた。
画像に写るイヤリングは、部屋の光を静かに反射していて綺麗だった。
でもそれ以上に私の目を引いたのは自分の表情。
私の顔はいつもより穏やかで、耳や頬が赤らんでいた。
「……色々ありがとね」
気恥かしさをかき消すため、少し強引に感謝の言葉を伝える。
「やっぱり望月って可愛い」
「そうかな」
「うん。ほんとに好き」
――葉山の声で、部屋の空気が揺れる。
「ねぇ、望月」
ぐっと距離を詰めて、葉山は私にくっつく。
私の指を絡めとり、隙間を埋めるよう握りしめた。
――たぶん今、私たちはそういう雰囲気になっている。
約束のことを踏まえると、葉山のしていることはルール違反だ。
私は葉山とそういうことをするつもりがないと何度も言っている。
でも――
「……」
黙ったまま葉山に顔を向ける。
葉山の顔は真っ赤で、大きな瞳が揺れていた。
まるで繊細なものに触れるように、私の頬に触れる。
「……いい?」
葉山は弱弱しい声で聞いてきた。
わざわざ聞いてこないでよ。
したいのはそっちなんでしょ。
「……勝手にしなよ」
私がぼそっと呟くと、葉山は目を見開いた。
そのリアクションは違うでしょ。
だって葉山は――
「……んっ」
葉山の柔らかい唇が、私の唇にちょんと触れる。
あっ私、葉山にキスされた――。
そう思ったときには葉山の唇は離れていた。
「……えっ」
これだけで終わり?
そう思って葉山に視線を向けると、真っ赤な顔を覆って身体を震わせていた。
なんでそんな初心な反応するわけ?
だって葉山は――
「……あっ」
私に許可を求めてきたこと。
キスしてすぐに唇を離したこと。
そして葉山の初心なリアクション。
そのすべてがある答えに結び付いた。
葉山を見ながら、恐る恐る口を開く。
「葉山ってさ、もしかして初めてだった……?」
目の前の少女は顔を覆ったまま、こくりと頷いた。




