第6話 望月の家に泊まりたい
バイトが終わって休憩室に入ると、葉山から連絡が来ていた。
夏休みに入ってから、葉山と連絡を取る頻度がかなり少なくなった。
恋人であればもっと頻繁に連絡を取るべきだとは思うけど、どうも気が重い。
アプリを開いてメッセージを確認すると、かなりシンプルな内容だった。
『ちょっと今から電話できる?』
葉山と電話して話さないといけないこと――。
『ごめん、家に帰ってからでいい?』と打ち込んですぐに送信する。
既読を確認するのが怖かったので、すぐにアプリを閉じて電源を落とした。
さっさと片付けを済ませてから、私は職場を後にした。
*
家に戻ってから電話をかけると、数コールもしないうちに葉山が出た。
『やっほー望月、元気してた?』
「うん、どうしたの」
わざわざ電話をしないといけない用事だと思い身構えていたが、葉山のトーンがいつも通りだったので安心した。
クッションを敷いて腰を下ろす。
『さっきまでバイトだった感じ?』
「そうだよ」
しばらくバイトの話をしていたが、雑談のために電話をしたわけではないはず。
「それで、どうしたの」
私が尋ねると、葉山はすぐに本題を切り出した。
『望月ってさ、8月21日って空いてる?』
「空いてるけど」
8月21日というのは私の誕生日だ。
私、葉山に誕生日教えたことあったかな。
もしあったとしても、高校生の頃だろう。
葉山は弾んだ声で続ける。
『その日って望月の誕生日だよね? もしよければ望月の家に泊まりたいなって思ってるんだけど、どうかな?』
泊まりたい、という言葉を聞いた途端に心臓はどくんと跳ねた。
「あの、葉山、私、そういうのはできないって言ったよね」
『普通に泊まりたいって話をしてるだけだよ?』
葉山は軽いトーンで呟き、笑い声を漏らす。
彼女が足をぱたぱたさせている様子が目に浮かぶ。
「普通に泊まるだけなんだよね?」
『そうだよ』
「なら、来れば」
自分が想定していた以上に平坦な口調になってしまった。
『ありがと、時間は後で連絡するね』
「うん」
『望月の声聞けて良かった。バイバイ』
すぐに通話は途切れて、トーク画面に戻った。
「はぁ……」
溜め息を吐いて、スマホをベッドに放り投げる。
葉山は普通に泊まりたいだけだと言っていた。
でもそれは誰にとっての普通なのだろう。
もし恋人としての普通だったら――
「……シャワー浴びよ」
いま心配してもどうしようもない。
バイトでかなり疲れているから、まずは身体をさっぱりさせよう。
重たい身体を起こしてから、ゆったりと脱衣所に向かった。
*
「そういえばさ、望月って前期の成績どうだった?」
私の視線の先にいる少女は、柔らかな笑みを浮かべている。
8月21日、約束通りの時間に葉山は私の家にやってきた。
いつもより大きいバッグで来た葉山を見て、本当に泊まることを理解した。
それ以降、どうも落ち着かない。
「単位は落としてなかったって感じ」
「やっぱ1年の前期だもんねー」
葉山も落単していなかったらしい。
「飲み物なくなりそうだから注いでくる」
葉山から距離を取るため、グラスを持って立ち上がる。
正直言って、今日の葉山は今まで見た中で一番可愛かった。
透け感のあるトップスを着ているからメリハリのあるボディラインがはっきり見える。しかも黒を基調にした服装だったので、大人っぽい雰囲気を纏っていた。
勝負服――という表現が似合いそうな恰好だ。
そのせいで、私はずっとそわそわしているのだが。
「ていうかさ、ここに来るまで暑くなかった?」
「今日は結構暑かったね」
ちょっと汗かいたかも、と言って葉山は飲み物を口にする。
「エアコンの温度とか大丈夫? 寒かったりしない?」
「なんか今の望月、初めて彼女を部屋に入れたみたいな感じだね」
葉山はにやにやと笑って私を見ていた。
葉山を家に入れたのは何回かあるけれど、今日は意味合いが違う。
でもそう思ってるのが私だけだったら嫌で、何も言い返すことができなかった。
「それで、今からどうするの」
色々な不満を飲み込み、葉山の隣に腰を下ろす。
「望月は何かしたことある?」
「ないかも」
「もう、せっかく一緒なんだからちゃんと考えて?」
そう言って葉山は私の腕を軽く叩いた。
ぺしんと音がしてから、叩かれた場所が少しずつ熱くなっていく。
「映画見るとかでいいんじゃない?」
「いいね、ちょっと探してみる」
葉山は自分のスマホを開いて高評価の映画を検索する。
「そういえば、葉山」
「んー?」
「今日のコーデ、めっちゃ似合ってるね」
そういうの好き、と口にすると、葉山の動きが止まった。
「……こういう作品とか、望月は見たことある?」
私の誉め言葉を無視して、葉山はこちらにスマホを向ける。
有名な映画ではあるけど、見たことのない作品だった。
「ないかも」
「じゃあ、これを見てからご飯にしよっか」
スマホのスタンドを机に置いてから映画を再生する。
ちらっと葉山の横顔を見ると、頬がうっすら赤くなっていた。
――そっちだって緊張してるんじゃん。
喉元まで出かかった言葉は飲み込み、私は映画に視線を戻した。




