第37話 ありがとね、望月
高畑さんの気の抜けた声が私たちの空気を揺らす。
周囲の喧騒が遠のいた。私たちの席は一気に静かになった。
その空気を壊したのは、やはり高畑さんだった。
「えっ、ちょっと待って。葉山さんが望月さんのこと好きだったの?」
「うん」
「それって恋愛的な好きってこと?」
「そうだよ」
葉山は頷いてから私の方を見てきた。
まだ固さが残っているけれど、そこには少し安堵の色がうかがえる。
いきなり否定されなかったことや、気味悪がられないことが良かったのだろう。
「へぇーマジか……」と高畑さんは明後日の方向に視線をやる。
私から見ても、高畑さんが変に距離を置こうとしてるようには見えなかった。
「望月さんはどう思ってる感じ? ってこれ、葉山さんがいる前で聞いちゃダメか」
「私も葉山のことは好きだよ。ていうか付き合ってるし」
「…………ん?」
待って待って、といって高畑さんは飲み物を口にする。
喉に詰まったのか、ん、ん! と喉を鳴らして水を飲み込んだ。
「付き合ってる……の?」
「うん」
「はぇー……」
高畑さんが私と葉山を交互に見ていると、注文した商品がやってきたのでとりあえず食事を始めることにした。
とりあえず一皿食べ終えると、高畑さんは口を開いた。
「ちょっと何から聞いていいのかわからないんだけどさ、え、なんかすごいね」
初めて付き合ってる人見たかも、と高畑さんは付け加える。
「ごめん、失礼になるんだったら答えなくてもいいんだけどさ、ちょっと興味あるから聞いていい?」
「答えられることなら」
「え、キスとかしたりするの?」
「……まあ、たまにって感じ」
ほんとはいつもしてるけど、いつもしてますなんて言えるわけがない。
でも高畑さんには衝撃的だったらしい。
「そうなんだ……」と目を見開いて、飲み物に口をつけた。
それから高畑さんはかなりぐいぐい私たちのことを聞いてきた。いつ好きになったのかとか、普段はどういう風にかかわっているのかとか、純粋な好奇心で聞いてきたので、私も葉山も変に気負わないで答えることができた。
「女の子が好きだって気づいたのはいつなの?」
「私は中学のときにちょっと……」
「マジか」
私の知ってる人? と高畑さんは葉山に聞いてくる。
高畑さんのことを好きだったことを気づいていないみたいだった。
葉山はその質問に笑ってごまかし、高畑さんもそれ以上追及しなかった。
その後、私たちは普通に世間話をして寿司屋を後にした。
高畑さんは帰る直前にまた話そうね! と言ってから手を振って離れていった。
「じゃ、私たちも帰ろっか」
「そうだね」
高畑さんが見えなくなってから、私たちはゆっくり歩き始めた。
1月の暮れでとても寒い。今日は手袋をしないほうがいいよね、と事前に決めていたので、私たちの手はすぐに冷えてしまった。
少しでも体温を分けてもらおうと思い、葉山の手を握った。
やっぱり私より少しだけ体温が高くって、触ってて気持ちがいい。
恋人つなぎに直してから隙間を埋めるようにぎゅっと握る。
しばらく歩いてから、私はおもむろに口を開いた。
「葉山ってさ、高畑さんのこと好きだったの知られてなかったの?」
「気づいてないけど、知ってたんじゃないかな」
ちょっとごちゃごちゃしてるんだよね、と言って葉山はくすっと笑う。
街灯に照らされる葉山の顔は、やりきったという達成感が漏れていた。私は普通に話をしただけだったけれど、葉山にとっては何か別の意味があったのだろう。
恋人だからと言ってなんでも聞けるわけではないので、しつこく聞かなかった。
「ありがとね、望月」
そういって葉山は肩をとん、とぶつける。
ぶつかった箇所に葉山の熱が移ったように熱くなった。
厚着をしているはずなのに、その箇所だけ熱を持って全身に広がっていく。
恥ずかしいというほどではないけど、少しむずがゆい気分だった。
「てかさ、来週から試験だけど、ちゃんとやってる?」
「私はそれなりにって感じかな」
「なんか水瀬が言ってたんだけどさ、去年は……」
世間話に興じながら、私たちはいつもの帰り道を歩き続けた。
*
望月と別れてから、私はベッドに寝転がった。
高畑さんに、望月と付き合っていることが言えた――。
望月にとって大したことじゃなかったのかもしれないけど、私にはとてつもなく高いハードルだった。話をしている感じ、高畑さんは中学の頃に私が好きだったことを覚えていなかった。もちろん隠してたり知らないふりをしてたりしていた可能性はあるけど、ぱっと見ではそう思わなかった。
たぶん、高畑さんにとっては大したことじゃなかったんだろう。
私の人生を変えるような失恋も日常の一コマにすぎなくて、私以外の人の記憶からはいつの間にか消えている。
なのに私はいつまでもそのトラウマに縛られていた――。
人生なんてそんなもんなのだろうな。
誰かにとって深刻な傷は、他の人にはかすり傷に映る。
あるいは、傷なんて元からなかったように思われてしまう。
でも本人にとっては、思い出すたびに胸を抉られるようなトラウマだ。
私だって中学の頃のことがフラッシュバックして何度も何度も泣いたし、女の子のことが好きな私が付き合うなんて、一生できないんじゃないかって思っていた。
でも、実際は違った。
私は望月に出会うことができた。
女の子のことが好きな私を望月が受け入れてくれた。
そして中学のトラウマを克服することができた。
私の隣にいてくれたからこそ、最後までやりきることができたんだ。
「……っ」
――私の頬に、一筋の涙が伝った。
あれ、なんで私泣いてるんだろ。
悲しいことなんて起きてないのに。
涙腺が緩んでしまったらしく、いつまでたっても止めることができなかった。
静かな部屋にすすり泣く声が響く。
顔がくしゃくしゃになって嗚咽が漏れて、涙がぼろぼろと零れた。
でも心にあるのは、望月に対する単純な好意を超えた何かだった。
「ありがとう……ありがとね、望月……」
――思わず漏れた感謝の言葉は、私以外の誰も聞くことがなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
カクヨムの百合コンをきっかけに本作を書き始めて、いろんな景色を見ることができました!
名残惜しいですが、きりの良いここまででいったん完結とさせていただきます!
詳しい話は活動報告にて公開してますのでよければどうぞ!
そして次回作も公開していますので、こちらもよろしければ!
それでは、またどこかでお会いできるのを楽しみにしてます!




