第35話 私も一緒のほうがいい
朝食を済ませてからは何をするわけでもなくのんびりと時間を過ごしていた。
寝起きの空気も和らいできて、いつもの私たちの距離感に戻り始めている。
「葉山ってさ、高畑さんと会いたいって言ってたよね」
口を開くと、隣に座っていた少女が目を丸くした。
私がその話をするとは思っていなかったのだろう。
以前、葉山は高畑さんともう一度会ってみたいと言っていた。でも私が嫌がるのであれば会うつもりはないとも言っており、そのときの私はもう少し時間をもらいたいと伝えた記憶がある。
「葉山が会いたいんだったら会っても、」
「私が言ったの気にしてるなら、別に無理しなくていいよ?」
私を遮って葉山が口を開いた。
合わせている、というのは間違っていない。
でも私にもちょっとした事情がある。
「私も休憩時間中に高畑さんと話したりするのね」
「だろうね。フレンドリーな人だし」
「それでこのイヤリングは誰から貰ったのって聞かれたときに……」
右耳を見せてから、葉山に事の経緯を簡単に説明した。
私にイヤリングを送った人は、おそらく私に気があるということ。
そしてその人のことを、私も悪い印象は抱いていないこと。
バイト中でもその人の体調を気にするくらいであること。
「……っていう話はしてるんだよね」
「へぇ、昨日はバイトが手につかなかったんだ」
私のこと気にしちゃって、と言って葉山は口元を覆った。
にやにやと笑って口角が吊り上がっているのを隠しきれていない。
「それで?」
私との距離を一気に詰めて、身体をぴったりと密着させた。
――嬉しそうに尋ねてくる葉山に罪悪感を覚える。
たぶん今から口にすることは、この子を傷つけてしまうだろうから。
でも高畑さんに会うことを説明する上で避けて通ることはできない。
一呼吸おいてから、葉山の目を見て私は続けた。
「その……たぶん向こうは葉山のこと、男だって誤解してそうなんだよね」
「……っ」
私がそう口にした瞬間、葉山は唇をぎゅっと結んだ。
予想通り、暖かい空気に冷や水を浴びせたような居心地の悪い空気になった。
わかっていたことだけれど、罪悪感がぎりぎりと喉を締め上げる。
弁解しないと、と言葉を探していると、葉山が先に口を開いた。
「……まあ何も言わなかったら、私のこと男の人だって思っちゃうかもね」
それくらい大丈夫だよ、と力なく笑みを零す。
その笑みは明らかに作り笑いで、見ているだけで痛々しい。
葉山の気遣いが、逆に私の心を強く抉ってしまった。
――葉山と付き合うことの難しさを改めて実感する。
きっとこの子は、自分が男の人だって思われたくなかった。
しかも相手は全く知らない人じゃなくて、中学の時に好きだった人。
悪意がなかったとしても、自分の存在を歪められることはとても苦痛だろう。
「ごめん、ずっと言い出す機会がなかった。だから高畑さんと話すときに葉山もいてほしいなって思って」
「……望月にもそういう事情があるってことはわかった」
「もし葉山が良いんだったら、一緒に行きたいんだけど、どうかな」
「それなら、私も一緒のほうがいいと思う」
私がいたほうが話やすいだろうし、と葉山は頷いてくれた。
それからは、簡単に高畑さん話をする日のことを決めた。
とりあえず高畑さんには、ご飯を食べに行くという名目で誘い、友達も連れてきていいか確認する。そこで誰が来るのか質問されたら女の子だと伝えるけれど、付き合っていることや細かい話は後で説明するということにした。
「ていうかさ、望月は私と付き合ってるって言うの大丈夫?」
「前までは不安だったけど、今は大丈夫だよ」
付き合いたての頃は、私たちの関係が周りにバレないかとても不安だった。もし心ない言葉をかけられたら傷ついてしまうだろうなって。
でもいつからか、葉山と一緒にいることをプラスに考えられるようになった。
葉山と一緒ならもっと嬉しくなれる。
葉山と一緒なら悲しいことも耐えられる。
そんな心地よい繋がりが、気づいたら出来上がっていた。
「他の人はわからないけど、高畑さんだからそこは心配しなくていいよ」
「そんなに高畑さんのこと信頼してるんだ」
「うん」
「へぇー、そっかぁ」
高畑さんにちょっと嫉妬しちゃうなぁ、と葉山は私にもたれかかる。
彼女の柔らかな空気が私を包み込む。
さっきまでの固い雰囲気がさらさらと流れていった。
空気を軽くしようと、わざと口に出したのだろう。
葉山の言葉にはそういう気遣いが色濃く映っていた。
「――好き」
葉山への気持ちが身体を圧迫して、一粒だけ言葉として零れた。
「珍しいね、望月から言うの」
私も、と言って笑みを零す。
そういうところが本当に好きなんだよ。
気遣ってくれるところも。
柔らかな笑みを見せてくれるところも。
いつも私のことを好きだと言ってくれるところも。
溜まっていた気持ちが、堰を切ったようにあふれ出す。
葉山と一緒なら嬉しいことがもっと嬉しくなる。
自分の気持ちを、もっと葉山に共有したい。
だから私は、嬉しいという感情を葉山に口移しすることにした。
葉山、と名前を呼んで彼女の顔を上げてもらう。
なに? と無防備に上げた彼女の唇にそっと近づいて――
「んっ……」
ちゅっ、と唇の重なる音が、静かに響いた。




