第33話 やばい、めっちゃドキドキする
普段より浅く呼吸をする葉山を横目に私はただ座っていた。
看病らしい看病を何一つできなかった。
誰かを看病した経験がなかったからスマホで色々と調べているうちに、いつのまにか時間がたってしまっていたのだ。少し罪悪感が残るけれど、一緒にいてあげることができたのだから問題ないはずだと結論づけて、私は腰を上げた。
「葉山、私もう帰るからね」
起こさないように、小さな声で口にする。
もちろん葉山は何も反応しない。
深い眠りについているようで、すうすうと寝息を立てている。
軽く頬に触れてみると、いつも以上に体温が高かった。子どもみたいだな、としばらく触っていたけれど、これ以上触ったら起きるかもと思って手をひっこめた。
近くにあったチラシに『もう帰るから。お大事に』と書いてテーブルの上に置く。クリスマスの日の朝に私がいなくなったことで葉山はかなり取り乱していたのでいちおう書いておいた。体調が悪いから、もしかしたら私が来たこと自体記憶に残っていないかもしれないけど、念には念を入れておく。
電源を消して、音をたてないようにそっと扉を閉める。
玄関で靴を履き、出ようとした時だった。
入口の扉に伸びた手が宙に浮いたまま止まる。
「……ん?」
この家の鍵、誰が閉めるんだっけ?
葉山の家の鍵らしきものはあるけど、私が閉めて外に出ることなんてできない。
玄関の狭い空間を行ったり来たりしたのち、葉山のいる寝室に戻った。
電源をつけることもできず、なんとなく真っ暗な部屋に腰を下ろす。
「……あーどうしよ」
葉山を起こして鍵を閉めてもらえば、すべて丸く収まる。
けれど、体調の悪い彼女にそんなことを頼むことはできない。
先程書いたチラシをくしゃくしゃにしてゴミ箱に捨てた。
どうしようもないので、今日は葉山の家に泊まることにした。
シャワーを浴びようと思い、脱衣所で服を脱ぎ浴室に足を踏み入れた。
きゅる、と蛇口を捻ると、シャワーがちょろちょろと流れる。葉山を起こさないように、なるべく音をたてないように身体を洗おうと思ったからだ。
ぬるま湯になるまでの間、なぜか私はそわそわしてしまった。
人の家で裸になるというのが非常に落ち着かない。この家には寝ている葉山しかいないのに、どこからか見られているような感覚があった。あの子はいつもこんなこと感じてるのかなと思っているとぬるま湯が出てきたので、髪と身体を洗った。
リビングに戻ると、葉山は気持ちよさそうに眠っていた。
今から起こして帰らせてもらおうかなという気持ちもうっすらあるけれど、もうここまできたらと思い、ベッドのそばに腰を下ろして天井を眺める。一時は真っ暗なままだったけれど、少しずつ目が慣れてきて天井の模様が見えてきた。特に代わり映えもしない、どこにでもあるような天井だ。
なんとなく見続けていたけれど、葉山が寝返りを打つときの衣擦れの音が耳に入り、そちらに視線を向ける。
寝姿を乱した葉山が、こちらに顔を見せていた。
手足も布団から出ているし、身に着けているパジャマも少し乱れている。
幼さと妖艶さが同居したような、不思議な雰囲気をしていた。
――心の隙間によからぬ誘惑が生まれる。
「……風邪ひくよ」
わざと口に出して、私は葉山の身体に触れた。
すぐにパジャマを直さないで、そっと身体をなぞる。最初は腕から。そして肩まで指先を滑らせてから、鎖骨あたりを撫でてみる。それでも、葉山は目を覚ましそうになかった。
やばい、めっちゃドキドキする。
いつもしているときとは比にならないくらい、私はこの状況に興奮してしまっていた。体調の悪い人にすることじゃない、という背徳感や起きたら知られてしまうという緊張感が、私に心臓をどくどくと動かしていた。
ちょっとだけ、と自分に言い聞かせながら、葉山の胸にちょんと触れる。
自宅で寝ているときはブラをしていないらしく、ハリのある柔らかな感触が指先に生まれた。触りながら、申し訳程度にパジャマを引っ張っておなかを隠す。
そして布団を整えて葉山にかけて手を引き抜いた。
「はぁーやっば……」
ため息をついてから、私は天井を見上げた。
いつもしてるせいで、こういう悪戯をするハードルが明らかに下がっている。
体調の悪い人の胸に触るなんて倫理的に一発アウト。
体調が悪くない状態だったとしても褒められたことではない。
ごめん葉山、と心の中で平謝りする。
自分が悪いと認めると罪悪感がじわじわとせりあがってきた。
でもそんな私を気にすることなく、葉山はまた寝返りを打った。




