第32話 そばにいてほしい
バイトをしているときも、葉山のことがずっと気がかりだった。
別に葉山と毎日会っているわけではない。
大学のない日は会わないことのほうが多い。
けれど今日は、もう一度葉山の様子を見たいと思ってしまった。
しかしあと一歩踏み出すことができないのは、迷惑になるかもという懸念だ。さっきは寝ているところを起こしてしまったみたいだったので、二度も同じことをしていいのか悩む。
そんなことを考えていると仕事が手につかず、ぼんやりとしているうちにシフトの時間が終わってしまった。
「望月さん、なんかあった?」
着替えやら後片付けを済ませて荷物を取り出すと、高畑さんが声をかけてきた。
「ちょっと友達が体調不良で気になってて」
「あっ、それって前に言ってた人?」
「まあそんな感じ」
「なにそれ、その人のことめっちゃ好きじゃん!」
相手の体調気にするって相当だよ、と高畑さんは笑みを零す。
高畑さんの言っているのは、私の架空の男友達のことだ。
そこそこいい感じで、私がその男と付き合うのではないかと考えているらしい。
実際には葉山なのだけれど、そのことを高畑さんは知らない。
「え、その人って同い年?」
「うん。大学生」
「同じ学部?」
「そうだよ」
そこからは、架空の男友達のプロフィールを質問された。
葉山の情報をそのままいえばよかったので、変に嘘をつく必要もない。
高畑さんが中学の頃に会った人、という情報は伝えず、バイト先を後にした。
スマホを開いて、葉山から連絡が来ていないか確認する。しかし一件も来ていなかったため、トーク画面をタップして文章を入力した。
『体調大丈夫?』
『何か買ってこようか?』
『ちゃんとご飯食べられてる?』
いろんな文章を入力しては消す。どれも、なにかが違うような気がした。
そして悩んだ末に、『おーい、生きてる?』という少し砕けた内容を送信した。するとスマホをポケットにしまって数秒もしないうちに携帯が震えた。
『大丈夫だけど、』
それは明らかに中途半端な文章だった。
大丈夫だけど、に続く言葉を入力する前に誤送信してしまったのだろう。すぐに送信取り消しがされると思ったけれど、いつまでたってもそのメッセージはトーク履歴として残っていた。
どういう意味だろうと考えていると、いつの間にか葉山の住んでいる建物に着いてしまった。離れていて光も漏れてこず、起きているのかどうかさえわからない。いや起きているのはわかっているのだけれど、体調が大丈夫かどうかはわからないのだ。
『バイト帰りなんだけどさ、行ったほうがいい?』
これは違うな、と思って最後の表現だけを変えて送信した。
『バイト帰りなんだけどさ、行ってもいい?』
連絡するとすぐに既読がついた。了承の言葉を確認すると、すぐに階段を上がって部屋に向かい、ためらうことなくチャイムを鳴らした。
「思ったより……早かったね……」
とりあえず入って、と口にする葉山の身体は少しふらふらしていた。
そしてそのまま、葉山はベッドにばたんと倒れこんだ。
勢いよく倒れたため、ベッドコイルの擦れる音が耳に入る。
しかしすぐにその音はなくなり、葉山の息遣いだけが静かな部屋に響いた。
来ないほうがよかった、と後悔した。
私が来たいって言ったせいで、無理させちゃったかなって。
やっぱり私の行動は有難迷惑になってしまった。
「……ごめん、やっぱ帰るよ」
お大事に、と言葉を添え、葉山に布団をかけて部屋のスイッチを探していると、手をぎゅっと握られた。
「まだ……そばにいてほしい……」
とてもか細くて、今にも消えてしまいそうな声だった。
彼女のぽつりと出した言葉は私の頭に反響する。
心の中で何かがするりとほどける音がした。
――葉山は私が近くにいてほしいんだ。
私のことがただ好きだからじゃなくって、心細いからなのだろう。
私もインフルエンザなのに母が仕事に行って、寂しい思いをしたことがある。
たぶん葉山は、私があのときに感じたのと同じ気持ちを味わっている。
こんなときでも頼ってくれることがどうしようもなく嬉しい。
「葉山――」と名前を呼んで、手を掴まれたほうとは逆の手で包みなおした。
発熱しているからか、彼女の手はいつも以上に火照っている。
「寝るまでは一緒にいてあげるから、しっかり寝てて」
「……うん」
ごめん、と口にして、葉山は布団の中に潜った。
一緒にいてあげることなら誰でもできる。
でも一緒にいてほしい人が私だけなら、それは私だけにしかできない。
電気を常夜灯にしてから、ベッドのそばに腰をおろす。
そして葉山の呼吸が落ち着くまで、ずっと一緒に手を繋いでいた。




