第31話 それなりに感じだけど
私にとって、葉山は生活の一部だ。
いることが当たり前であり、いないと落ち着かない。スマホと似ている――なんていうと葉山に失礼かもしれないが、感覚はかなり近い。
そんな私は今、そわそわしながら大学の講義を受けていた。
珍しく葉山が欠席だった。
朝に葉山から連絡がきていたが、発熱したらしい。
付き合う前ならなんとも思わなかったが、今はどうしようもなく不安になる。
しかも葉山の席には水瀬が座っていて、これも落ち着かない。
水瀬は何も悪くないのだけれど、どうしても違和感が残る。
隣の女の子は眠そうな目をこすりながら、あくびをかみ殺していた。
しばらくは黙って話を聞いていたけれど、水瀬が小声で話しかけてきた。
「次の講義、休講って言ってたよね?」
「らしいね」
「じゃあさ、食堂でご飯食べて帰らない?」
いいよ、と頷くと、水瀬は正面のスクリーンに視線を戻した。
講義が終わったあと、すぐに私たちは食堂に向かった。3席分のスペースを見つける必要がなかったためすぐに座ることができた。
さっそく注文した料理を食べ始める。ぽつぽつと雑談をしていたが、水瀬が「そういえばさ」と口にしたので、いったん食べる手を止めた。
「前から気になってたこと聞いていい?」
箸の持つ手に力が入る。
しかし、問題ないという意味を込めて頷いた。
「望月と葉山ってさ、なんかめっちゃ仲良くない?」
「それなりにって感じだけど」
「でもこの前のカラオケのときとか、めっちゃ距離近かったじゃん」
いつのまにそんなに仲良くなったんだと思って、と水瀬は補足する。
カラオケのときというのは水瀬が飲み物を取りに行ったあと、葉山にキスをせがまれたときのことだろう。たしかに、あのときの私と葉山の距離感は近かった。キスした直後ということもあって、いつもの距離感に戻し切れてなかったから、水瀬が違和感を覚えたのも無理はない。
あのときはたまたま近かっただけと説明すると、水瀬はすぐに納得してくれた。
その後は他愛のない話をしていたが、食事を終えると私たちは別れた。
水瀬は夕方から深夜までシフトが入っているらしく、仮眠をとりたいそうだ。
私は15時からバイトなので、少し手持無沙汰になる。
家に帰ってもよかったのだけれど、葉山の家に行くことにした。
徒歩10分程度の場所にあるので、それほど時間はかからない。
見舞い用の飲み物や食べ物を買い、葉山へ特に連絡も入れないで向かった。
もし気づかなかったらバイト帰りにでも来ようと思いながら、葉山の部屋があるアパートの階段を上る。彼女の家にお邪魔したことはないけれど、クリスマスのときに葉山が部屋から出てきたのを見たので、なんとなく場所はわかる。そのため、すぐに葉山の家の前まで来ることができた。
チャイムを押そうと思ったけれど、思いとどまって途中で手を止める。
寝ているところを起こしたらまずい、という考えが頭を過った。体調の悪いときにそばにいてほしくない人もいるだろうし、恋人だからといってなんでもかんでもしてあげるべきでもない。
でも結局、私はチャイムを鳴らした。
部屋の前まで来て帰るのもなんだかな、と思ったからだ。
ピンポーン、とチャイム音が漏れて聞こえるが、何の返答もない。
寝てるのなら帰ろうと思って葉山の部屋に背を向けたとき、扉の向こうから小さな足音が聞こえてきた。
鍵を回す音が二度してから、がちゃ、と小さな音を立てて扉が開いた。
「……望月……どうしたの?」
顔を出した葉山の顔は真っ赤だった。
発熱したというのは聞いていたが、思ったより重症らしい。
呼吸もどこか不規則で、体調が悪いというのは簡単に見て取れる。
これはさっさと終わらせたほうがいいと判断し、レジ袋を葉山に手渡した。
「今日休んでたから、いろいろ買ってきた。じゃあね」
「えっ、ちょっとまって……」
用を済ませて帰ろうとすると、葉山に呼び止められた。
「どうしたの」
振り返ると、彼女はうつろに私を見ていた。
数秒ほどの沈黙があってから、葉山は小さく呟いた。
「……ううん、なんでもない。ありがと」
またね、と口にして力なく笑う。
彼女の口角はちゃんと上がりきっていなかった。
きっと体調が悪いせいなのだろうと考え、葉山と別れて階段を下りた。
下まで来て部屋を見ると、すでに扉は閉まっていた。




