第29話 早くしてよ
「なんか望月、歌上手くね?」
私が歌い終わったあとに水瀬が感想を呟いた。
その後、採点結果が表示されてあんぐりと口を開ける。
「すまして歌上手い感じ気に入らないわー」
そういって水瀬は私の背中をバンバン叩いた。
全く遠慮のなく叩かれたから私の背中にはしばらく水瀬の手の感覚が残ったが、そんな私を気にすることなく、水瀬はマイクを持って立ち上がった。
「じゃ、次私ねー」
さっそくイントロが流れ始めて、よくわからない映像が流れ始める。
ずっと静かにしている葉山の方を見ると、むすっと私を見ていた。
しかし目が合った途端、逃げるようにスクリーンに顔を向けた。
何も言わないならと思い、水瀬の歌に耳を傾ける。
「水瀬って水瀬っぽい歌い方するね」
「へぇ、どういう感じだった?」
「なんか楽しそう」
歌い終えてから、私はかるく感想を口にした。
なんというか、爽やかで明るい感じが水瀬っぽい。
葉山も私の感想にこくこくと頷いて同意している。
「ごめん、私飲み物注いでくるから、歌っといて」
「オッケー」
そういって、水瀬はドリンクバーを取りに行った。
バタン、と重たい扉が閉まり私たちだけの空間になる。
まだ葉山が曲の予約をしていないので、インタビュー動画が流れてきた。
「ほら葉山、早く予約しなよ」
沈黙を埋めるため、飲み物を口にしてから葉山の方を見た。
私の言葉に応えることなく、葉山は私にぐっと身体を寄せる。
さっきまで水瀬が座っていたところまでやってきた。
そして何も言わずに、こちらに唇を向ける。
――キス待ちの顔だった。
顔を軽く傾けて薄く目を開き、私が口づけをするのを期待した雰囲気だ。
身体を若干こちらに向けているところを見ると、完全に期待している。
「いや無理だって。水瀬いるし」
「……一回だけでいいから」
早くしてよ、と言われたので、すぐに葉山と唇を重ねて距離をとった。
葉山は何もなかったかのように飲み物を口にしてから、しきりに髪に触れる。
その様子が恥ずかしくって、私も顔をぱたぱたと仰いだ。
「おまたせー……ってアレ、まだ葉山歌ってなかった?」
水瀬が炭酸の入ったグラスを手にして戻ってきた。
今から入れようと思ってた、と言って葉山は曲の予約を始める。
頬は朱に染まっていて、直前にキスをしたことがなんとなくわかる。その後、葉山は最近流行っているポップソングを歌ったけれど、その声にはどこか艶っぽさが滲んでいた。
*
「このあとどうする?」
カラオケを出てから、水瀬は私たちを見て聞いてきた。
「どうするって?」
「もし暇だったら、ファミレスでも行ってから帰ろうかなって思ったんだけど」
私の隣を陣取る少女はすぐに腕を組んだ。葉山は今すぐにでも私の家に来たいらしく、断るように事前に頼まれているので、またの機会にということにした。
「ごめん今日はこのまま帰る」
「そっか、葉山はどうする?」
「私もごめん」
今日は帰ろうかな、と呟いてから、葉山は腕をほどいた。
「オッケー。じゃあ今日は解散ってことで」
「じゃあまた明日ねー」と手を振り、水瀬はすぐに私たちの元を離れて行った。
「じゃ、帰ろっか」
そういって葉山は私の手を掴もうと手を出してきた。
でもここは、人通りの多い繁華街だ。
迂闊に手をつなぐと知り合いにバレる可能性がある。
だから私は、葉山の二の腕を軽くつついて歩き始めた。
葉山は不満そうにしていたが、黙ってついてきた。
バスに乗り込んで腰を下ろすと、葉山は半ば強引に私の指を絡めてきた。
後方の座席であるため、周りから見られることはまずないだろう。
そのため、私は葉山の行動を素直に受け入れた。
隙間を埋めるように密着させて握って感触を確かめる。その後、親指から小指までの指を順番に包み込むようにしてから、中指と薬指をにぎにぎと掴んだ。
――葉山の目は、完全にそういうモードに入っていた。
「葉山ってほんとエッチだよね」
「……普通だって」
少し牽制すると、隣の少女は気まずそうに俯いた。
その後の葉山は、身体をうずうずさせながらも我慢して私の家までやってきた。
「ていうかさ、葉山って今日はどうするの?」
「……なにが?」
「泊まるのかどうかってこと」
「ごめん、ちょっと後で考えさせて」
そういって葉山は私の背中に手をまわした。
今はそれどころじゃないみたいだ。
彼女が落ち着いてから聞けばいいかと思い、家の鍵を開けて扉を開けた。
「どうぞー」
「……」
葉山は何も言わずに私の部屋に入ると、すぐにぎゅっとハグをしてきた。
「もう葉山、リビングまで我慢してよ」
「やだぁ……」
そういいながらも、葉山は律儀に靴を並べてリビングにやってきた。
瞳は大きく揺れ、顔は真っ赤に染まっている。
彼女の手は私に向かいかけては止めるということを何回か繰り返してた。
こういうとき、葉山は私から手を出されるのを待つ。
ハグは問題ないという感覚がイマイチよくわからないけど、エッチをするときはされたいほうらしい。そのため、私に触れられるのを今か今かと待ち望んでいた。
しかしそうなってくると、いたずら心がくすぐられる。
「飲み物いる? お茶とかあるけど」
「……今はいいって」
「ていうか、シャワー浴びたほうがいいんじゃない?」
「……そういうのマジでやめて」
焦らしてほしくない葉山は、とても苦しそうに私を見ていた。
――可愛い。可愛すぎる。なんでこんなに葉山は可愛いのだろう。
私が手を出さない限り何もしてこないのに、本人は我慢の限界。
本当は私とエッチしたくてどうしようもないのに。
「葉山、こっちに来て」
腰を下ろしてから、私は太ももをぽんぽんと叩いた。
葉山はすぐに座って、私の太ももに頭を乗せた。
私のお腹側に頭を向けて、居心地の悪そうに身体をくねくねと動かす。
早くして、という気持ちが足にまで現れているが、ひとまず葉山の顎の下に手をやって、さわさわと撫でてみた。
「ひゃっ……」
そこを撫でられると思っていなかったのか、少女は情けない声を漏らした。
「可愛い声出すね。そういうの好きだよ」
「……」
頭を撫でてみたけれど、本人はそうじゃないという感じで私を睨みつけてきた。
それなら無理やりすればいいのに、なんでそういうところは律儀なんだ。
そんなことを想いながら、葉山の顔を持ち上げて唇を重ねる。
背中を丸める形でするキスは思ったよりも体勢的につらい。
ある程度満足してから葉山をベッドに移動させて、さっそく始めた。
結局長い時間続いたため、葉山には泊まってもらうことにした。そのことを彼女は申し訳なさそうにしていたけれど、終わった後で顔が緩み切っていたので、嘘をつくなと言いかけけれど、今日は黙っておくことにした。
満たされた気分のまま、私たちはベッドの上でゆったりと過ごした。




