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【百合】可愛い友だちに告白されたから、お試しで付き合ってみることにした。  作者: 夏野恵


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第24話 葉山の初めてになりたい

 早い時間に目が覚めた。


 肌寒い空気が身体を包み込み、思わず身震いしてしまう。

 

 身体を反対に向けると、葉山はまだ目を閉じて眠っていた。

 

 その瞼には、まだ涙の跡が残っている。

 やはり昨日の夜、彼女は泣いていたらしい。


 声は聞こえたけれど、どうしても振り返ることができなかった。 


 時間を確認すると6時前で、起きるまでに1時間以上もある。

 葉山とずっとこの距離でいることは、今の私にとって拷問と同じ。

 

 気まずさが勝り、音を立てないでベッドから抜け出した。


 リビングを出てトイレに入り込み、しっかりと鍵をかける。

 腰を下ろしてから、無機質な壁を眺めて昨日のことを考えた。


 もう葉山には怒っていない。むしろ、私が悪かったと深く反省している。


 葉山のことを考えていたはずなのに、いつのまにかセックスすることにこだわりすぎてしまった。葉山の言葉なんて、聞いているようで聞いていなかった。


そのあとの流れも最悪だった。


拒否されたからと言って、私も葉山に嫌なことをしていい理由なんてひとつもない。そんな当たり前なことわかっていたはずなのに、あのときはどうしても引くことができなかった。自分を否定されたことへの悲しさと苛立ちで、葉山を尊重するほどの余裕がなかった。


 そしてその結果、葉山を深く傷つけてしまった。


「……はぁ」


 ため息をついてから、髪をくしゃくしゃとかき回す。

 

 自分への怒りが沸々と湧いてきた。


 もとをただせば、私が葉山に性欲を抱くことができないことが問題だ。

 それがきっかけで、私たちの会話は嚙み合わなくなってしまったのだから。


 だけど、葉山とお風呂に入ったときにわかった。


 私は葉山の裸を見ても何も思えない。

 綺麗だと思うけど、綺麗だけで終わる。

 

 ――性欲が沸かない。


 本当は私も期待していた。葉山の裸を見れば興奮できるんじゃないかって。

 でも、そんなこと起きなかった。どんなに葉山が好きでも何も思わなかった。


 きっと私がストレートだからなのだと思う。


 そう考えると納得できるけれど、葉山の背中がやけに遠く感じてしまう。


 私とは違う性的嗜好の女の子――。


 トイレという密室で、今までに感じたことのない息苦しさを覚えた。


 私は葉山に我慢してほしくない。

 でも葉山は私に嫌々してほしくない。


 私たちはこれから、どうすればいいんだろう。


 そんなことを考えていると、リビングからバタバタと足音が聞こえてきた。


 普段耳にすることがない、部屋中を駆け回る音だった。


 起きたのかと思ってトイレを出ると、葉山が立ったままスマホを凝視していた。

 しかし私を目にした途端、鬼の形相でこちらに詰め寄ってきた。


「もうっ、なんで勝手にいなくなるのっ!?」


 余裕の失った声が部屋に響く。

 

 物凄い剣幕で、葉山は私を睨みつけてきた。


「えっ、あっ、えっ……?」


 鬼気迫る姿に唖然としてしまい、何も言葉が浮かんでこない。


 唇を震わせた葉山は、私の肩を爪が食い込むほどに掴む。


「朝起きたら望月がいないし、全然帰ってこないし……」


 次第に言葉の圧が弱まって、葉山はフローリングにへたりこんだ。


 わけがわからずにスマホを確認すると、私宛てに何件もの連絡が来ていた。


『ごめん。私が悪かったから戻ってきて』

『昨日のこと、ほんとに反省してる。全部私が悪かった』

『ねぇ望月、今どこにいるのかだけでも教えて。寂しい……』


 その文面には、動揺や焦り、後悔の色がはっきり残っていた。


 通知をオフにしてたこともあって、葉山は私がスマホを持って出て行ったのではと考えたみたいだ。自分の家から出ていくというのはどういうことだと思ったけれど、昨日の今日で葉山は相当取り乱していたらしい。いつの間にか荷物もまとまっていて、すぐ外に出ようとしていたことがわかる。


 それほど葉山は、私がいないことに動揺したのだ。


「ごめんっ……」


 フローリングに頭が付きそうなほど、深く頭を下げた。


 昨夜冷たい態度をとったせいで、葉山がこんなに悲しむことになるなんて思わなかった。自分の子供じみた軽率な行動に本当に嫌気がさす。


 また私は、葉山のことを傷つけてしまった。


 しかし葉山は、私のことをそれ以上怒ることはなかった。


「よかった、ほんとによかった……望月に捨てられたのかって……」


 少し遅れて、すすり泣く声が聞こえ始める。


 寂しさというより、安心して流すような涙だった。

 ティッシュを葉山に渡すと、そっと受け取って目元にあてる。


 そして、呼吸を整える音が静かに部屋に響いた。


 捨てるわけない、と言うことができればよかった。

 私がそう口にすれば、葉山はもっと安心できたはずだ。


 でも葉山を二度も悲しませた私に、そんなことを言う資格はない。


 居心地の悪い私は、部屋を明るくしようとカーテンを開いた。


 シャッと音を立ててカーテンが滑る。


 ――すると私の目に飛び込んできたのは、真っ白な銀世界だった。


 遠くの一軒家の天井や道路では、膜を張ったように雪が積もっていた。

 すでに車が横断したような箇所もあるが、まだ綺麗な状態で残っている。


 綺麗だなと思って葉山に視線を戻すと、音を立てないように鼻をかんでいた。


 ある程度、涙も引いているけれど目の腫れは消えていない。

 けれど、さきほどのような剣幕はもうどこにも感じられなかった。


 葉山がいるところまで近寄ってから、私は口を開いた。


「ねぇ葉山。雪降ってるからさ、今日は休もう」

「……いいのかな」

「大学生なんだから、これくらい平気だよ」

「……悪い大学生じゃん」


 真面目な方でしょ、と言い返してから、ゆったりと朝食の準備を始めた。


 賞味期限があと少しで切れる食パンを取り出して、オーブンの中に入れる。


 葉山に皿と飲み物を準備してもらって、一緒に食べ始めた。


 ぱさぱさとしていて、そこまでおいしいとは思えない。

 けれど何も食べないよりはましだと思い、ごくんと飲み込んだ。


 食事中、私たちは何も話をすることがなかった。

 どちらとも、相手の顔色を窺っている感じだった。


 食事を終えて後片付けを済ませてから、私たちは対面に向き合った。


「さっき葉山のこと慌てさせたのはマジでごめん」

「いや、私もちょっとどうかしてた」


 落ち着いて考えればわかることだったのに、と言って手をぱたぱたさせる。


 そこで一瞬、区切りを入れるような沈黙が生まれた。


「……昨日のこと、ずっと考えてたんだけどさ、」


 私がそう口にした途端、葉山の身体が固まった。


 話してほしくないことはもちろんわかっている。

 私だって、昨日のことをわざわざ蒸し返したくない。 


 けれど中途半端なままだと、お互いのためにならない。


 だから私は、勇気を振り絞って続けた。


「なんというか、私も葉山も相手基準になりすぎてたと思うんだよね」

「相手基準……」


 単語だけを拾い上げて、葉山は呟く。


 私は葉山のことを思って誘ったし、葉山は私のことを思って拒否した。

 どちらも相手のためと思ってるけど、根本的な性的嗜好が違うとかみ合わない。


 そしてそれが、お互いを傷つけることになってしまった。


「自分を抑え込んでまで相手を優先するのは違うんじゃないかなって」

「でも望月のしたいことが私のしたいことで、嫌なことはしてほしくない……」

「それは私も同じだけど、ずっとそれだと疲れちゃうかも」


 葉山は私を見てから気まずそうに目を逸らした。


 思い当たる節があるのだろう。

 

 相手に尽くし尽くされる関係は、それほど悪くないと思う。

 お互いの好意が通じ合っていれば、それなりに心地いいはずだ。


 だけど長く付き合うことを考えたら、そのままだと途中で苦しくなってしまう。

 

 ずっと一緒、なんて甘い言葉は信用できない。

 

 何かのきっかけでほころびは生まれるし、相手に傷つけられることもある。

 そうなったとき、自分だけ我慢してて何になるんだろう、って思ってしまう。


 そしていつしか、好きだった相手を憎むようになる。


「葉山には葉山の価値観があるし、私には私の価値観があるから、無理に合わせる必要はないと思う」


 狭い部屋の中、私の声は静かに反響する。


「でも自分のことだけ優先したら、望月に嫌われるかも」

「嫌なことは嫌だってはっきり言う」

「言いづらくなって我慢してほしくない」

「それは私も同じだから、思ったことは言えるようになろうって思ってる」


 そう説明しても、葉山の表情にはまだ不安が残っていた。


「私がしたいって言って気持ち悪がられないかなって、望月に嫌われないかなって、ずっと心配で……」

「気持ち悪いなんて思わないよ。葉山のこと好きだから」

「でも望月って、私のことそういう目で見てこないよね……」


 それは正しい。私と葉山は根本的に違う。


 私は葉山に性欲を抱くことができない。


 だけど――と思う。


 そうかもしれないけど、好意だけではダメなのだろうか。

 性的興奮が伴わなければ、セックスしたらダメなのだろうか。


「葉山も私も初めてなわけじゃん。だから一回だけ、試しにしてみない?」

「でも望月はしたくないんじゃ……」

「したくないわけじゃないよ。興味はあるし、葉山の……その、なんていうか、初めての人になれたら、なんて……」


 言葉を詰まらせながら、私はとても気持ち悪いことを口にした。


 ――葉山の初めてになりたい。


 こんなことを言ったら嫌われるかも、という不安はあった。

 初めてにそんなにこだわるなんて、おかしいんじゃないのかって。


 でもそんな湿っぽい欲望が、私の本心だった。

 

 葉山にだけは見せたくなかった、醜い私の気持ち――。


「……」 


 部屋が静かになった。

 

 目の前に座る少女は、微かに瞳を揺らしている。

 私をうつろに見ながら、色々なことに思いを巡らせているようだった。


 そしてかなり長い間の沈黙があってから、少女はぽつりと口にした。


「……いいよ」


 その声は、すぐに消えてしまいそうなほど小さかった。


 ――空気がほんのりとした熱を帯びる。


 冬空に似合わない柔らかな空気が、私たちをやさしく包み込んだ。


「そっか、うん、ありがと……」


 目を逸らして、口元を手で隠す。


 受け入れられたことが、どうしようもなく嬉しかった。


 思いがようやく通じたような、そんな喜びがあった。

 私の我儘で醜い感情でさえ、葉山が受け入れてくれたから。

 

「どうする、今からする……?」


 上目遣いで葉山は聞いてきた。


 その様子はとても初心で健気で、抱きしめたくなるくらいに可愛い。

 

 だけど、朝からすることではないような気がする。


「今日が期限の課題を終わらせてからの方がいいかも」

「あっ、うん、そうだね……」


 早くしたいと思われたくないためか、葉山は大げさに頭を縦に振った。


 でも人の家でするぐらいだし、葉山って結構強いよね。

 私の身体、ちゃんと持つかな。


 そんなことを思いつつ、私たちはパソコンを取り出して課題に手を付けた。

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