第14話 好き。大好きだよ、望月――
「ねぇ望月、起きてる……?」
小さく聞いてみるけど、望月は何も答えてくれない。
ちらっと見てみると、隣の少女は気持ちよさそうに寝ている。
彼女の身体がゆっくりと上下しているのをなんとなく眺めた。
今日、初めて望月に好きだって言われた。
もちろん、今までにも何回か言われたことはある。
でもそれは友だちとしての好きで、恋人としての好きではなかった。
『……私も葉山のこと好きだから』
望月の言葉を思い出すだけで、胸がきゅうきゅう締め付けられる。
私の人生で初めて、誰かに対する恋心が実った瞬間だった。
望月に言ったけど、私は中学生の頃、高畑さんが好きだった。
でも私の初恋は実らなかった。
私の中学は地域で一番規模の大きな学校だった。そのせいで、小学生のときに仲が良かった子と離れ離れになった。私は人見知りな性格だから、新しい友だちを作ることが難しくって孤立気味になってしまった。
そんな私に声をかけてくれたのが高畑さんだった。
今と変わらない明るい雰囲気だったから、すぐに仲良くなることができた。
たぶん中学一年生の冬ごろには、高畑さんのことが好きになっていたと思う。自分の好意に気づいたとき、同性の子を好きになるなんて変だと思って見ないフリをしてたけど、その気持ちはどんどん想いは大きくなった。
高畑さんの仕草とか声のトーンとかで心が揺れた。
軽いボディタッチでも、たまらなくドキドキしてしまった。
やっぱり私は高畑さんのこと――女の子のことが好きなんだって自覚した。
でもそんなこと、本人に言えるはずがなかった。
高畑さんとか他の子との恋バナで好きな男の子のタイプの話をすることが本当につらかった。好きな人の前で自分を偽る苦しさをずっと感じていた。
そんな私にも、正直に自分の気持ちを言える瞬間があった。
それは高畑さんに好き、というときだった。
もちろん友だちとしての好き。
ちょっとした日常の中で、好意を伝えられればいいな、というただの自己満足。
でも奥手な私にできる、唯一の意思表示だった。
私の気持ちに気づいてくれたらいいな――なんて少し期待していた。
無理だとは思うけど、もしかしたら、と夢を見ていた。
でもそれは、思わぬ形で叶ってしまった。
いつもより帰るのが遅れた日のこと、お手洗いに入ったときだった。
私が個室に入ると、高畑さんと同じクラスの子もお手洗いに入ってきた。
ふたりは私がはいることに気づかないで話を続けた。
「高畑って葉山さんに好かれてると思うんだよね」
「私も好きだよー」
高畑さんはするりと呟いた。
私も好き――。その言葉を聞いただけで、私の心臓はうるさく暴れまわった。
嬉しさを噛み締めていると、すぐに同じクラスの女の子は続けた。
「いや、友だちとしての好きじゃなくって、恋愛的なヤツ」
なんか葉山さんの好きってガチっぽいじゃん、と口にする。
私の身体は、一気に冷たくなった。
「えー私は普通だと思うけど」
「ほら、葉山さんって私らには好きって言ってこないじゃん」
そういうところもガチっぽいんだよね、とその子は付け加える。
ガチっぽい、と言う言葉に身体がすくんだ。
好きに忍び込ませた想いが他の子に見られたことが怖かった。
「でさ、もし葉山さんに告白されたらどうするー?」
笑いながら高畑さんに尋ねた。
この子にとってはただの雑談のつもりでも、私にはもっと深い意味があった。
やめて、と言って個室から出ればよかったのだと思う。
そうすれば、私の受けた傷がそこまで大きくならなかったかもしれない。
高畑さんは困った様子で続けた。
「いやー……女の子だし流石に無理かな」
――拒絶の言葉が、狭い空間で反響する。
「そっか、まあ高畑って普通だもんねー」
ふたりがいなくなって物音がしなくなったあと、涙がとめどなく溢れてきた。
すすり泣く声が聞こえないように、口元を押さえて身体を小さくする。
初めから分かっていたことだった。
私の気持ちを高畑さんが受け入れることはないって。
私が普通じゃないから、苦しまないといけないんだ。
高畑さんもあの子も、何も悪くない。悪いのは女の子を好きになった私だけ。
そんな自己否定がぐるぐる回って、涙が止まらなかった。
そのから、私は誰かに好きと言うのが怖くなった。
私の想いが伝わったら傷つくのは私。なら最初から言わない方が良いと思った。
自分の身を守るために、私の心には蓋をしていた。
そんな私が久しぶりに好きと口にしたのは大学生になってから。
その相手は望月、高校生の頃から一緒だった女の子。
綺麗で落ち着いた子だな、というのが第一印象だった。
仲の良いグループの中で一番大人っぽいけど、たまに抜けてるところがある。
そんなギャップがたまらなく愛おしかった。
でも望月は男の子と付き合っていた。
だからきっと、私のことは好きになってくれないだろうな、と思った。
また私の恋は上手くいかないのかな、と悲しくなった。
望月の様子をなんとなくうかがう高校生活を通じて、私の想いはゆっくりと深まっていき、大学生になってようやく表れた。
ある日、私は望月に告白した。
そのときでさえ、私は好きと口にしなかった。
中学生のときみたいに深く傷つくのが嫌だったから。
でも望月はオッケーしてくれて、本当に嬉しかった。
人生で初めての大切な恋人だった。
好きと言ったのは、望月に自分のことは好きかと聞かれたときだった。
なるべく普通なトーンで「望月のことは好きだよ」と口にした。
上手く言えたかわからなかったし、否定されないかとても不安だった。
でも私を否定しないどころか、とても不器用に「私も好き」と言ってくれた。
すぐ見抜けるような嘘は、なぜかとても心地がよかった。この子は私を好きになってくれないかもしれないけど、大切に想ってくれてるんだなってわかったから。
そんな望月を思わぬ形で傷つけてしまったことは、本当に反省している。
中学の失恋以上に息苦しい日々だった。
ずっと望月のことを考えてしまうし、既読が付かないから一日中スマホを確認していた。寝るときも喉が締まって上手く呼吸ができず、眠ることができなかった。
望月に嫌われることがこんなに嫌なことだって自分でも理解していなかった。
だから講義室を出た望月が私から逃げようとしたとき、かなり強い言葉をぶつけてしまった。あれは良くなかった思う。いつもの私ではなかった。
でも今回のことがきっかけで、私たちの距離は一気に縮まった気がする。
やっと恋人になれた、そんな感じ。
「んぅ……」
望月が寝返りを打って離れて行った。
だから私もそっちの方向に動いた。
さっきよりもぴたりと密着してみる。
でも望月は起きることなく、すうすうと寝息を立てていた。
こっちは色々我慢してるのに、隣でぐっすり寝るとはなんて呑気なんだ。
もし私じゃなかったら、襲われててもおかしくないんだからね?
起こさない程度に望月をぎゅっと抱きしめる。
ほどよく冷たい彼女の体温が、今の私には心地よかった。
「好き。大好きだよ、望月――」
そういって私は、ぐっすりと眠る望月の頬を優しく撫でた。




