第11話 聞いてないんだけど
「望月さんって出身この辺だっけ?」
「いや、ちょっと離れてる」
自分の出身を伝えると、高畑さんはびっくりした様子で続けた。
「私と同じじゃん!」
彼女の元気な声が休憩室に響く。
バイト前に高畑さんと雑談をしていたのだが、どうやら私たちは意外と近いところに住んでいたらしい。
「高畑さんってどこ中だった?」
「私はね……」
彼女の口にした中学校の名前には聞き覚えがあった。
比較的大きな中学だったし、私の高校にもその中学出身の生徒がいた。
「望月さんってどこ高?」
私が高校の名前を口にすると、高畑さんは「あーあそこかぁ」と呟いた。
「私も第一志望はそこだったんだけど諦めたんだよね」
「もうちょっと成績良ければ一緒の高校生活を送れたのにー」と唇を尖らせる。
同じ高校に入ったからって仲良くなるとは限らないけど。
クラスが違えば話をする機会なんてほとんどないし。
そんな野暮なことは口にせず、私たちはホールに向かった。
今日は葉山が来る日だから気分が少し浮ついている。
はっきり言って、葉山に接客するのはとても恥ずかしい。
葉山の接客をすることがありませんように、と願いつつ作業を始めた。
このホールの担当は私と高畑さんを含めて3人。
手の空いている人が優先的に接客することになっているから、上手くいけば葉山を回避することができるはず。
そんなことを考えながら作業を続けていると、あっという間にシフトが終わる1時間前になった。忙しい時間は過ぎたから、あとは流しで大丈夫だろう。
ちょうどそのとき、ドアベルがカランカランと鳴り響いた。
氷を補充する手を止めて振り返ると、そこにいたのは葉山だった。
遠くからだとよくわからないけど、表情がほんの少し固く見える。
葉山は私に気づかなかったみたいで、レジに近づいていった。
「いらっしゃいませー!」
高畑さんがさっそく接客を始める。
だから私は、備品補充の作業を再開した。
葉山に働いている姿を見られることは構わない。
ただ、対面で接客をするのはどうも気乗りしなかった。
補充が終わって私がレジに立つと、葉山と高畑さんはまだ話をしていた。
別にいいんだけど、なんか長くないかな。
そんなことを考えているとお客さんが入ってきたので、疑問は奥に押し込んだ。
「ねぇ、望月さん聞いてよ!」
厨房で料理を待っていると、興奮気味に高畑さんは話し始めた。
「さっき接客した人いるんだけど、中学の同級生だった!」
「……えっ」
なにそれ、聞いてないんだけど。
「友だちだった感じ?」
「結構仲良かったよ。一緒に遊んだりしてたし」
もっと聞きたかったけど料理が来たので、すぐに話を切り上げて厨房を出た。
皿を置いて空いている皿が無いか見回していると、高畑さんが葉山のテーブルに料理を配膳している。
葉山は穏やかな笑みを浮かべていた。
……なにその笑い方。
もやもやした感情はバイトが終わるまでずっと心の底に張り付いていた。
*
「じゃあ先に上がるね」
「おつかれー」
今日は高畑さんとシフトの時間が若干ずれているので、私ひとりで上がった。
休憩室に入ってロッカーを開け、スマホの電源を入れて葉山に連絡を送る。
あと10分したら出る、という淡泊なメッセージはすぐに既読が付いた。
葉山から『おっけー』という言葉にウサギのスタンプが添えた連絡が届く。
「……はぁ」
湿っぽい溜め息が休憩室の空気を揺らした。
葉山と高畑さんは同じ中学で友だちだっただけ。
だから2人は楽しそうに話をしていたのだ。
何も問題はない。
何も問題はないはずなのに――
どろりとした感情を抱えながら、私は手早く後片付けを済ませた。
裏口から回り込んで入り口に行くと、葉山がスマホを見ながら待っていた。
「望月おつかれー」
私を見るとすぐにスマホをポケットに入れて、軽く手を上げる。
葉山は私の隣に来て歩き始めた。
今日も私が車道側で葉山が歩道側。
辺りはすでに真っ暗で、ファミレスから離れると人通りがほとんどなくなった。
「ねぇ、葉山」
「んー?」
葉山は私に顔を向ける。
「手、繋がない?」
私が呟くと、葉山の身体が固まった。
自分から手を繋ごうと言った恥ずかしさが遅れてやってきた。
「……嫌なら別にいいんだけど」
「いや、つなごっ」
葉山は慌てて私の手を握りしめた。
指と指の隙間を埋めるような恋人繋ぎ――。
前までなら違和感を覚えていたはず。
同性の子と恋人繋ぎをするのは普通じゃないから。
でも今は、なぜかそれほど嫌じゃなかった。
「葉山ってさ、高畑さんのこと知ってるの」
葉山の手の力が一瞬だけ強くなる。
「……なんで?」
「高畑さんが葉山と友だちだったって言ってた」
中学時代の友だちに会ったってことくらい何でもないこと。
なのに私は、葉山が高畑さんに向けた笑顔が気に入らなかった。
「まぁ、高畑さんのことは知ってるよ」
まるで膜の張ったような言い方だった。
なんでそんな言い方するの。
友だちならもっと軽く言えるでしょ。
じめじめした感情が胸に溜まる。
「……ごめん望月、ちょっと手痛いかも」
困った様子で葉山が口にした。
いつの間にか力を入れすぎていたみたいだ。
慎重に手の力を抜く。
そして別れ道に差し掛かろうとしたときだった。
「あの望月、」
立ち止まって葉山を見ると、すぐに目を逸らされた。
私たちの間を、湿ったそよ風が通り抜ける。
小さな隙間を縫うような、そんな風だった。
「今から言うこと、昔のことだから深刻に捉えないで欲しいんだけどさ、」
遠くから救急車のサイレンが聞こえる。
こっちに少しずつ近づいているみたいだ。
そして葉山は、震えた声のまま続けた。
「その……中学の頃、私、高畑さんのこと好きだったんだよね」
――それを聴いた瞬間、手に入っていた力が一気に抜けてしまった。




