第10話 なんとなく声が聴きたくって……
「望月さんってめっちゃモテそうだよねー」
「別にそんなにモテないよ」
「うっそだー!」
高畑さんがバイトに入ってから数週間が過ぎた。
偶然シフトの時間が被っているらしく、同い年だったのですぐに打ち解けた。
今日もいつも通り、バイト終わりに休憩室で雑談をしているところだ。
「私的には高畑さんの方がモテそうに見えるけど」
「いや、私は全然だよー」
変なヤツしか寄ってこないし、と言って彼女はからから笑う。
金髪をまとめてポニーテールにしている彼女は私から見てもかなり可愛い。
私の周りにいる人の中で言えば、水瀬なんかに近いタイプだと思う。
「ていうか、シフトに入るまでなにしてた?」
「友達とファミレス行ってた」
「へー男子?」
「いや女子」
「なんだ、気になってる人とご飯食べてたと思ったのにー」
なんでもかんでも恋愛につなげようとするところまで水瀬っぽい。
まあ恋人の葉山が一緒にいたわけだし、間違ってはいないのだが。
「ずっと思ってたんだけど、望月さんのつけてるイヤリング、めっちゃいいよね」
そういって私のイヤリングに触れようとしてきたので、すっと身を引く。
貰ったものを誰かに触れられたくなかった。
葉山だって、触ってもらうために私に贈ったわけじゃない。
高畑さんは特に気にしないで話を続けた。
「それってなんて名前?」
「あー……」
私の呟きは宙に浮いた。
ヤバい、なんて名前だったっけ。
葉山から誕生日プレゼントでもらったイヤリングなのだが、箱は葉山が持って帰ったのだ。だから私はこのイヤリングの正式名称を覚えていない。
もちろん画像検索で調べることはできるが、価格を見て申し訳なさを感じてしまいそうだったので控えていたのだ。
「あんま詳しく覚えてないかも」
「でもさ、ネットで買ったら履歴とかで見れるくない?」
結局、何度か押し問答をしたのち、私は正直に伝えることにした。
「これ友だちからもらったヤツなんだよね。だから名前は知らないって言うか、」
「そのイヤリング贈った相手、絶対望月さんのこと好きでしょ!」
高畑さんは私の言葉を遮って口にする。
彼女の勘は正しい。
だって葉山は私のことが好きだから。
「その相手の写真とかあったら見せて!」
「写真撮ったりしないんだよね」
「じゃあSNSは?」
「写真は上げてないかも」
葉山の写真を見せたりすることはできない。
変な誤解をされたくないし、いろいろ言われたくない。
高畑さんは口をとがらせて不満そうにしながら続けた。
「じゃあさ、望月さんはそのイヤリング贈った相手のことどう考えてるの?」
「どう考えてるって、どういうこと?」
「ほら、アリかナシかって話」
そんなこと、考えたこともなかったな。
葉山と初めて会った時からこの子可愛いな、しかない。
付き合ってからも可愛いというイメージが圧倒的に強い。
「まぁ、私的には全然いいと思うよ」
アリかナシかではなくて、いい。
本来、私にとって葉山は恋愛対象の枠から大きく外れている。それは彼女に問題があるのではなくて、私が女の子を恋愛対象として見ることができないから。
でも葉山のことは、少なくとも悪く捉えていない。
だからアリでもなくてナシでもない、全く別の『いい』を選んだ。
「へぇ、望月さん的にも好印象って感じなんだー」
「そうだね」
「もしなんか進展あったら教えて!」
またねーと手を振り、高畑さんは休憩室を後にした。
私は外に出たときに鉢合わせしないように時間差で休憩室を出た。
*
シャワーを浴びてドライヤーで髪を乾かしていると、葉山から電話が来た。
ドライヤーを止めて通話ボタンをタップする。
『いま大丈夫?』
「うん」
頷いてから、なんとなく部屋を見回す。
視線に止まったのは葉山からもらったハーバリウム。
瓶の中に青色の花が漂っていて、私の部屋に良い意味で異物感になっている。
部屋にいると何度も見てしまって、葉山とのキスを否が応でも思い出させた。
――心拍数が少しだけ早まる。
「で、どうしたの?」
『いや、その、なんとなく声が聴きたくって……』
電話越しの葉山はどこか歯切れが悪かった。
たぶんこの子は、バイト先での恋愛は普通という話を引きずっている。
「帰る前も言ったけどさ、私、バイト先で彼氏見つける気ないから」
『……でもあのとき、今のところは、って言ったじゃん』
葉山は震える声で口にする。
たしかに、あのとき私は「今のところは」と言った。
でもそれは嘘じゃない。
そもそも付き合うというのは口約束でしかない。
もしどちらかに不都合があれば別れることになる。
私が高校生のときがそうだった。別れなんてすぐに来てしまう。
だから私は、葉山を過度に期待させないように『今のところは』と言ったのだ。
でも葉山はそのせいで心配になった。
「それなら葉山、私のバイト先に一回来なよ」
私の声が部屋に響く。
ハーバリウムは相変わらず、綺麗な蒼さをしていた。
小瓶を見て心を落ち着かせてから、ゆっくり口を開く。
「私がシフト入る時間教えるからさ、都合が良い時に来てみて」
『いいの?』
「いいよ」
ほんとはよくない。
働いている姿、葉山に見られたくないし。
でも葉山がバイト先に来れば少しは安心できるはずだ。
今の私には葉山以外考えられない、なんて言うよりずっと効果的だと思う。
その後は軽く雑談をしてから、私たちは通話を終えた。
「……ねっむ」
軽く伸びをしてあくびをする。
今日は外出してた時間が長かったから、いつもより疲れた。
いま目を閉じたらあっという間に眠ることができそうだ。
充電器を挿しこんでから、ベッドの中に入る。
いつもより心拍数が僅かに早い。
きっと直前まで葉山と話をしてたからだろう。
ふわふわした感情のまま、私はゆっくりと瞳を閉じた。




